bookshelf | ナノ
※現パロっぽい百合です




「雨は憂鬱やんね」

 私の隣で可愛らしい黄色の傘を広げながら、黄名子はぽつりとそう零した。
今日の天気予報も見事に当たり、土砂降りの雨が降っている。確か予報ではお昼からだんだんと雨が強くなり、夕方には土砂降りになると言っていた。
(……どんぴしゃ)

 黄名子は雨が嫌いだけど、私は雨が好き。もっと正しく言うと、雨じゃなくて黄名子が好きだ。
「黄名子」
「ん〜?」
「傘忘れちゃった」
いつも鞄に入れているはずの折り畳み傘が、今日に限って入っていなかった。もう少し早く気付いていれば傘を二本持っている友人を探すことも可能だったかもしれないが、過ぎてしまったことは仕方がない。黄名子の傘に入れてくれないかと頼もうとしたのだが、それより先に黄名子が笑いながら言った。

「もうなまえは、ほんとにおっちょこちょいやんね」
それは呆れたような口調だったものの、黄名子は自分の持っていた傘を私の方に傾ける。
「ほら、半分こ」
黄名子があまりに可愛らしく笑うものだから、私の心臓は大きく音を立てて跳ねた。今にも真っ赤になってしまいそうな頬を冷ますようにして擦り、黄名子に笑い掛ける。ふわりと香った黄名子の匂いと時折ぶつかる腕や肩に、とても緊張してしまう。

「ごめんね、黄名子」
「これくらい、良いってことやんね」
「…うん、ありがとう」

黄名子の優しさに、また、好きという気持ちが強くなった。
 黄名子は明るくて優しくて、何より可愛い。見かけによらず運動が得意だったり、自然と周りに人が集まってきたり、黄名子は私に無いものを何もかも持っている。そんな黄名子のことをいつから好きになったのかはもう覚えていないが、きっと、必然だったのではないかなんて思ってしまう。
でも、だからこそ。何もかも良いものを持っている黄名子だからこそ、周りだって黄名子のことを放っておかない。この前だって隣のクラスの男の子に告白されていたのを私は知っているし、その時黄名子が"他の好きな人がいるから"という理由でそれを断ったのも、知っている。でも私は、黄名子の好きな人が誰なのかを知らない。私は黄名子と一番仲が良いけれど、何となく、自分が踏み込んで良い話ではないような気がした。

「…黄名子」
「ん?」

ざあざあと冷たい雨音の中で、私はぴたりと足を止める。それに釣られて黄名子も足を止め、首を傾げた。
(…肩、濡れてる……)
私を傘に入れたせいで濡れてしまっている黄名子の黄色いベストを見つめたまま、私は、薄く息を吸い込んだ。
 私は黄名子と恋バナなんてしたことがない。学校では誰よりも黄名子と長くずっと一緒にいるけれど、誰のことが好きだとか、どういう人がタイプなのかとか、そんな話題が出ることはなかった。だから、余計に期待してしまうのだ。真実を知らないから、都合の良い妄想ばかりが頭に浮かぶ。
もし、黄名子の好きな人が、自分ならば。そんな有り得ない妄想が、ひどく醜い妄想が、真実にだったら良いのにと。

「…なまえ?」
「好き」
「え?」
「黄名子のことが大好き」
「っえ、なまえ…!?急に何言ってるやん
「好きだよ」
「……!」

黄名子はぽかんと口を開けたまま固まってしまった。私はそんな黄名子の手を握って、高鳴る心臓の音を誤魔化すように笑う。

「明日はちゃんと傘持ってくるから」
「…あ、明日も雨、やんね…?」
「うん。だって、梅雨だし」
「そ…そっか、そうやんね」

私が頷くと黄名子はまるで自分を落ち着かせるかのように薄く息を吐いて、へにゃりとした笑顔を見せた。
「それじゃあ…明日も憂鬱やんなぁ」
"憂鬱"という言葉に反応して黄名子を見つめると、黄名子は、白くて柔らかそうな頬を緩めて「でも」とそう続ける。

「今日はちょっとだけ、浮かれてるやんね」
「!」
「なんでかなぁ」

嬉しそうに頬を染める黄名子に、私まで顔を真っ赤にしてしまった。そんな私に、黄名子は私の知らない表情を見せる。すっかり落ち着いたように見えるその目は、よく見れば微かに泳いでいるし、握ったままの手には手汗が滲んでいた。

「黄名子」
「それじゃあ、また明日やんね」
「あ……うん」

ばくばくとうるさく鳴り響く心臓の音の止め方も分からずに、気付けば黄名子との別れ道が来てしまっていた。ここから一分ほど歩けば家に着くから、もう黄名子の傘は必要ない。明日になればまた会えるのに、今はもどかしい気持ちで一杯だ。
 私から離れて背中を向けようとする黄名子を、私は言う言葉もまとまらないまま大きな声で呼びとめた。

「黄名子!」

その声に気付き振り向いた黄名子の顔を見て、私は目を丸くする。
「っ……なまえ…」
弱弱しい声を発した口は震えていて、顔も真っ赤になっていて。肌の色が白いから、耳まで真っ赤になっているのが一目瞭然だ。

「好き」

私の言葉が、声が、黄名子をこんなにも真っ赤にしたのだろうか。
(……だとしたら、)
自然と、口元が緩むのが自分でも分かった。私はとても、気持ち悪くて、最低だ。何度も何度も黄名子のことを想って、届くはずもない想いを抱いて。女同士だということも分かっているし、黄名子が私と"同じ"はずがないと分かっている。それなのに、何度、願ったことだろう。

「大好き」
「えっ?何か言ったやんね?」
「…ううん、何でもないよ」

雨音で聞こえなかったのか、首を傾げて尋ねてきた黄名子に笑顔で返す。
 ――もう、届いたから良いや。

「また明日!」

可能性がゼロじゃないと分かったからには、うかうかしていられない。私は黄名子の表情をひとつひとつ瞼の裏に焼きつけて、大きく手を振った。
 私たちの"さよなら"には、ふたつの意味がある。ひとつ目は、今日もありがとう。そしてふたつ目は、


「明日もよろしくね」



 20140705
恋患い様に提出させて頂きました。ありがとうございました!