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※がっつり性描写はありませんが人によってはR指定と判断するかもしれないので注意です。これの続き。




「何か、あったのかい?」

瞬木君に犯されたあの日から三日が経ったある日、和人が首を傾げながら私にそう問いかけた。

 私はあの日から和人にどんな顔をして会ったら良いのか分からず、練習中もその後もなるべく和人を避けるようにしたのだが観察力の良い和人が私の変化に気付かないわけもなく、練習の後にさくらと一緒に食堂へ向かっている途中、私は呆気なく和人に捕まってしまったのだ。さくらは空気を読んで先に食堂へ行ったが、できれば今は空気を読まずに一緒にいてほしかった。

「…べ、別に、なにもないよ」
「嘘だね」
「う、嘘なんかじゃ」
「君は嘘をつく時、必ず右手で拳をつくる」
「!」
「今も無意識に、右手を握りしめたでしょ?」
「そ、それは…」
「全部お見通しだよ」

そう言ってにっこりと微笑まれ、何も言い返せなくなってしまう。
この時私は、ある疑問を感じた。
 あの時、瞬木君は確かに行為中の私の写真を和人の携帯に送信したはずなのだ。それなのに和人は、何も知らないような顔をしている。もしかして、あの写真を見ていないのだろうか。でも、だからと言ってあの日のことを隠し続けるのは不可能だろう。私の中で様々な思考が混ざり合い、頭が可笑しくなってしまいそうな時だった。

「なまえを責めてるわけじゃない。むしろ心配してるんだよ?」

だからちゃんと、話して。と耳元で言われて肩が震える。(でも、そうしたら、きっと)和人は間違いなく私から離れていく。そんなの嫌だ。

「ほ、本当に、何でもないよ?」
不自然に声が震えた。

「…今日は往生際が悪いね」
「、」

ゆっくりと近づいてきた和人から逃げるように後ずさりすると、がしりと右腕を掴まれて体が固まる。掴まれた右手が痛くないのは、和人が気を使っているから。
 和人は優しい、だけど、いくら優しい和人でも私が他の男の子と性行為をしたなんて知ったらどう思うだろう。襲われたのだから私は悪くないとも思うが、最終的には抵抗をやめてしまったのだから私にも罪はある。だけどそれを和人に知られたくなくて、離れていってほしくなくて、こんなの最低な嘘だって分かっている。だけど、だけど、

「僕に言えないこと?」
「…それ、は…」
「そうだね、だったら君が観念するまで体に聞いてみるとしようか」
「ッ、!? え、」
「ん?」

するりと華奢な腕が私の腰を撫でた。(や、)反射的に抵抗しようと左腕が上がる。しかし和人はそれさえも掴んで阻止してしまう。それでも抵抗しようとする私を見て、和人はさすがに不可解に思ったのか眉間に皺を寄せた。

「…なまえ?」
「っ…」
「君が僕に隠してることって
「あれ、皆帆になまえじゃないか」
「!!!」

心臓が止まってしまうかと思うほどに、跳ねる。声の主は瞬木君だった。
和人は瞬木君を見るとたちまちいつもの笑顔に戻り「やあ瞬木君」と返す。私はあまりの衝撃と気まずさに俯いた。(最悪、だ)

「…君たち廊下で何してるの?もうすぐ夕食だけど」
「ああ、少し話をしてたんだよ」
「そんな体制で?」
「……これは、ちょっとね」

和人が私から少し離れ、苦笑する。しかし掴んだ腕は離してくれなかった。それさえも瞬木君は見逃さず、いつもより怖い笑顔で和人に言った。

「腕、離してあげたら?」
「これは僕たちの問題なんだから、君は黙っていてくれると助かるんだけど」
「…そうだね、でも」
「!」

瞬木君が怪しい笑みを零したのを、私も和人も見逃さなかった。瞬木君は私を見つめて一歩ずつ私たちに近づく。心臓が、嫌な音を立てた。

「実はこれ、お前たちだけの問題じゃないんだよね」
「!!」

次の瞬間、瞬木君の腕が伸びてきて私の首を掴んだ。そしてそのまま私の首筋を和人に見せ付けるようにして言う。

「ほら、見える?」

和人の顔は瞬木君で隠れて見えなかったけど、瞬木君が和人に見せたものが何なのかはすぐに察した。

「っや、やめ、」
必死に抵抗したが瞬木君は離してくれず、私は自分の首筋を隠すことすらできない。
(いつの間に、っいつの間に…!)
おそらく瞬木君に犯された時に付けられたのであろうキスマークを和人が見つめているのを見て瞬木君は真っ黒な笑顔を浮かべていた。
 不意に、瞬木君の唇が私の耳元に寄せられる。そして、瞬木君は和人にバレないように小さな声で言った。

「あれ、フェイクだよ」
「…え…?」

(フェイ、ク……?)
 私は瞬木君に、フェイクとは何のことかと問いかけようとした。しかし次の瞬間、

「っ…ふざける、な!!!」
「ッ!?」

ひどく耳に刺さるような鈍い音と同時に、和人が怒鳴る。何が起こったのか理解した時に、私の首筋を掴む瞬木君の手は離れ、まるで瞬木君から奪い返すかのように強く和人に抱きしめられた。
(え…?)
突然のことに頭が回らない。私が混乱していると、和人が「もう二度となまえに近付くな!」と怒鳴りつけてそのまま私を引っ張った。和人に殴られた衝撃で床に倒れ込んだまま動かない瞬木君を置いて、和人は私の腕を引っ張りどこかへ歩き始める。

「か、かず、と」
自然と出た声は、今にも消えてしまいそうなほどに小さくて。まるで自分の声じゃないみたいに震えていた。
(…!)
連れて来られたのは和人の部屋で、私は少しためらいつつ和人を見上げる。

「入って」
「! で、でも」
「入って」
「っ……う、ん…」

 これ以上和人の顔を見るのが怖くて、私は俯きながら部屋へと足を踏み入れた。
後ろからバタンと少し荒くドアを閉める音が聞こえて、思わず肩が震える。時計の音だけが響く和人の部屋に入るのは、珍しいことではなかった。練習が休みの日に何度か和人の部屋に来たことがあったが、その時と何も変わらない和人らしい部屋。私は唇を噛み締めて、あの日のことを思い出した。
 瞬木君の手の感触が、まだ、嫌なくらい残ってる。どこか痛いわけでもないのに、涙が滲む。

「なまえ、」

私が背中を丸めたまま立っていると、後ろから近づいてきた和人がそのまま私を抱きしめた。

「さっきの続き」
「!、待っ
「待たない」
「か、和人、やだ」
「もうだいたい分かったよ」
「………え……?」

和人の言葉に呼吸が止まる。
(わかった、って……?)
すると和人は私を抱きしめていた腕の力を緩めて、私の耳を噛んだ。

「っひ、い」
突然の感覚に驚いて和人の胸を押し返そうとしたが、その腕はまた和人に掴まれてしまう。そしてそのまま、後ろの壁に押し付けられた。背中が壁に当たった衝撃で、私は顔を歪める。しかし和人は押し付ける力を弱めずに私に言った。

「何、されたの?」
「!!」

 ひどく、悲しそうな声。私は何も言えずに、掴まれていない方の手で和人の腕を握りしめた。

「は、離し、て」

(こんな、汚くなった、私、)
和人に触ってほしくなかった。和人の手を振り払おうとしたが、和人の苦しそうな顔が目に入って何もできなくなってしまう。

「かず、と……っ」

 無意識に和人の名を呼べば、和人が私の耳元に唇を寄せた。私はそれにビクリと反応して肩を揺らす。何をされるのか分からない恐怖が、あの時の恐怖と重なった。
(こわ、い、怖い、)
ぎゅっと目を瞑って、あの時みたいに体を強張らせる。和人の唇が私の耳に触れた時、涙が溢れた。

「っや、やだ…!!」

ぬるりと穴の中に入り込んできた舌がくすぐったくて、今目の前にいるのはあの時とは違う、瞬木君じゃなくて和人なのに。私は逃げるように必死に身をよじらせた。

「離しっ、て、ッや、うぁ」

どんなに抵抗しても和人は離してくれずに、ただぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てながら私の耳を責めた。
だんだんと頬が熱くなってくるのが分かって、私は自分に絶望する。
(こんな、こんなの、望んでない、)
するりと服の中に入り込んできた冷たい手に、目が見開かれた。瞬木君との行為が頭にフラッシュバックして、止まることを知らなかった涙が嘘みたいに乾く。

「っさ、触らないで…!」
「!!」

もう理性など手放してしまいたくなった時に、ようやく出た言葉。
 和人の手が、止まった。

「……なまえ…っ」
「…んな、こんなのっ、やだ、や、っうぅ、あ、」

悲しくて辛いのに、涙は出てこなかった。ただひたすらに、こんな汚い私を触ってほしくなくて。
 あの日から何度も何度も嫌になるくらいお風呂に入った。膣の中に指を突っ込んで、瞬木君の精子を全部掻き出したくて。こんなことをしても何にもならないと分かっていたのに、そうでもしないと自分がもっと汚くなってしまうような気がした。だけど、それでも消えないあの感覚。何度も深くキスされた感覚も、体中を触られた感覚も。

「やだ…や、だっ……!!」

和人に悲願するようにそう訴えれば、和人は無理矢理私を抱きしめて優しい声で言った。

「全部、消してあげるから」
「っ―――…、!!」

私が驚いて和人を見れば、それと同時にキスをされて今度は床に押し倒される。
(かず、と、)
ふと、瞬木君の先ほどの言葉が頭に響いた。

「あれ、フェイクだよ」

(!! そうか、あれは…)
どうして和人の携帯にあの写真が送信されなかったのか、やっと分かった。それと同時に私は安心して、だけど死ぬほど悔しくて、和人の手を強く握る。
そして何度も「ごめんね」と繰り返すと、和人は気が済むまで私にキスをした。



「もう、あんなことさせないから」

 はっきりと耳に届いた和人の声と同時に、私の目からは涙が溢れる。





ぜんぶ消してよ
(貴方だけを愛すことが私の罪滅ぼし)



 20131231