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「君は本当に頭が悪いですね」

 こいつと仲良くなってから、私は毎日のように「頭が悪い」やら「馬鹿」やら罵られた。ただでさえ無駄に私に構ってくるこいつなのに、必要のない席替えのせいで隣の席になってしまったのだ。授業中に私が寝ていると肩を揺らして起こされて、「ただでさえ馬鹿なんですから授業くらい真面目に受けたらどうです?」だなんて憎たらしい言葉を投げかけてくる。私は、こいつ…真名部が大嫌いだ。
だけど私がいくら大胆に真名部を避けても、話しかけられた時に嫌な顔をしても、真名部はそんなのお構いなしに私にちょっかいをかける。こいつ頭は良いのにどうしてこんなに鈍感でアホなんだろう?脳みそ入ってないのかな?いや、入ってるだろうけど。

「…どうして机を離すんですか?」
「嫌いだから」
ある日の放課後、HRが終わったと同時に私が真名部の机と自分の机の距離を広げたら真名部は何やら文句ありげな顔でそう問いかけてきた。だからはっきりと「嫌い」と言ってやれば真名部は少し驚いていたけどそんなの気にしない。私が荷物をまとめて帰ろうとしたら真名部は何だかしょんぼりと下を向いて自分の席に座った。(…ん?)

「ねえ」
「…何ですか?」
「もうHR終わったじゃん。何で座ってんの?早く帰りなよ」

すると真名部はちらりと私を見て、何かむかつく顔で「これから今日の分の復習をするんですよ。それと余裕があれば明日の予習もね」と言った。

「ふーん」
私がそれだけ返したら真名部は眼鏡をクイッと上げて「まあ頭の悪い君とはやることが違いますから。どうぞ気を付けて帰って下さいね」なんてすごい腹立つ台詞をぺらぺらと喋る。私はそれにやけに腹が立って、持っていた鞄を机の横にかけた。そしてわざと音を立てて自分の席に座った。そんな私を見た真名部は驚いて「どうしたんです?」と聞いてくる。

「私も勉強する」
「…それ本気で言ってるんですか?」
「なんか、むかついたし」
「どうせ10分も持たないと思いますけど」
「そーゆーとこ、全部嫌い」
「!…僕だって、君のそういう負けず嫌いなところは好きじゃありません」
「あっそ」

(それなら良いじゃん、お互い"嫌い"で)
私は心の中でそう吐き捨ててペンを持つ。真名部はそんな私から目を逸らして勉強を再開した。それに続いて私もワークを解いていく。気付けば教室には私たち以外だれもいなくなっていた。

 お互いに張り合いながら、30分が経過した。


「…飽きた」

私がそう言ってペンをペンケースにしまうと、真名部は「もう帰るんですか?」と声をかけてくる。私は薄くため息をつきながら「んー、うん」とだけ返す。

「30分も持ったのは僕の計算違いでしたね」
「…でも"たった30分しか続かなかった"って思ってるくせに」
「そりゃそうですよ」
「真名部、あとどんくらいやるの?」
「1時間くらいやったら帰ろうと思います」
「…ふーん」

(そんなに勉強したら、死ぬんじゃないの?)

不意に窓の外を見ると、もう暗くなり始めてきた。
「もう暗いね」
思わずそう呟く。真名部が私を見てから窓の外を見て吃驚したように「ああ…」と手を止める。

「みょうじさん、一緒に帰る人はいるんですか?」
「え?いや、いないけど」

突然の問いにそう返すと真名部は薄く息を吐いて帰りの支度を始めた。
(あれ?あと1時間はここにいるんじゃ…)

「…何してんの?」
「何って、帰る準備ですよ」
「え、だってあと1時間はやるんでしょ?」
「みょうじさんとはいえ女性が薄暗い中ひとりで帰るのは危ないですよ」
「!」

それはつまり、真名部が一緒に帰ってくれるという意味だろうか。驚きのあまり「何言ってんの?」みたいな顔になってしまう。その間にも真名部は支度を終えたみたいで、「ほら」と私の手を取った。

「っちょ…、やめて」
できるだけ優しく真名部の手から逃げると、真名部はため息を吐く。
「君が暗い道を嫌うという事実は計算済みです」
「…な、何でそれ…」
「僕に計算できないものはありませんよ」
「…意味分かんないし」

別にそれでも良いです、と格好つけて私の腕を引っ張る真名部に若干腹が立ちつつも、何故か心臓は大きく音を立てる。
 
 そしてそのまま昇降口まで連れて行かれ、靴を履きかえながら真名部が言った。
「まあ、もともと君を挑発して勉強させたのは僕ですからね」
「!」
「責任取って家まで送ります」

その言葉に何故か顔が熱くなる。(…何、言ってんの、こいつ)

「…馬鹿じゃないの」
「君よりは馬鹿じゃないですよ」
「最悪」
「良いですよ、それでも」
「…真名部」
「何ですか?」

真っ赤になっているであろう顔を見られないように俯きながら、真名部に問いかけた。真名部は首を傾げてこちらを見る。
「…なんで、優しくすんの?」

その質問に真名部は目を見開いた。そしてそのまま驚いて、固まる。
しばらく沈黙が続いたけど、真名部が私に近づいて私の腕を掴んだ。突然のことに吃驚して顔を上げると、私と同じように顔を赤くした真名部が目に入った。

「好きだからです」
「…!え、」
「やっぱり君は頭が悪いですね」
「な、何言って、」
「好きだから優しくするのは、当たり前じゃないですか?」
「…まな、べ」

真名部は優しく笑って、続けた。

「べつに君が僕を嫌いでも良いですよ。こうして話していられるだけ、幸せですから」
腕の掴まれた部分が、じんじんと熱くなる。顔はどんどん真っ赤になっていく気がして恥ずかしいし、真名部は私から目を逸らさずにただ見つめていた。だけど少しだけ苦笑いで「でも、」と付け加える。

「机と机の距離は、もう少しだけ縮めて欲しいです」

それと同時に、衝動で真名部に抱きついた。


あたしを塞ぐ
(こんなにドキドキさせるとか、どんな毒盛ったの?)


 20130827