bookshelf | ナノ
 中学二年生に上がる時のクラス替えで、皆帆君と同じクラスになった。
皆帆君と私は小学二年生の時にすごく仲がよくていつも一緒にいたのだ。皆帆君は性格が性格なため友達が少なくていつも一人で推理モノの小説を読んでいるような人だった。そんな時たまたま「わたしもその本しってるよ」と声をかけたのが私たちの始まり。皆帆君がしてくれる話はお父さんの話ばかりで、だけどとても面白かった。皆帆君のお父さんがこんな活躍をした、こんな事件を解決した、その時の犯人はこういう奴だった、とか色々。そんな皆帆君のことが好きで、私は一度だけその想いを伝えたことがあった。皆帆君は少し驚いていたけど、大きな目をぱちくりさせて、ポケットから何かを二つ出してその一つを私に差し出す。それはおもちゃの指輪だった。
「僕もずっと、言おうとおもってたんだ!」
君が好きだよ、って。そう言って笑った皆帆君は、私の指にその指輪をはめて「おとなになったら、これを結婚指輪にしようね」と私の手を握る。優しくて温かい手だった。



 しかしお互いに成長していくにつれて仲が良かったはずの私たちはだんだん離れていった。私は女で皆帆君は男ということもあり、やはり周りの視線が気になるのも一つの理由だ。皆帆君は別に気にしていないようだったけど、じゃあ私たちが離れたのは何でだろう?そんなことを考えているうちに私たちは中学生になっていた。



中学生になってからはたくさん友達もできて、毎日が楽しいと感じた。皆帆君とは家もそう遠くないからもちろん同じ天河原中学校なわけで、一年生の時はふたつ隣のクラス。彼も彼でいくらか友達はできたらしい。ふと廊下ですれ違った時、皆帆君のクラスは移動教室だったのか筆記用具と教科書を抱えていた。隣を歩く友達と何やら真剣そうな顔で会話をしながら私の横を通り過ぎていく皆帆君が抱えていたペンケースが目に入った途端、私の足はぴたりと止まる。

「…なまえ?」
一緒に歩いていた友達が私に気付いて不思議そうに声をかける。
「どうしたの?」
友達が心配してくれてるのすら耳に入らないくらい、私は唖然としていた。

 皆帆君のペンケースには、間違いなく、あの日おそろいで指にはめた指輪がぶら下がっていたのだ。成長してだんだんと手も大きくなって、あの子供用の指輪では今の私の指には入らなかったからチェーンに通してストラップにしていたのだが、どうやらそれは皆帆君も同じだったらしい。私は携帯に付けているけど、まさか皆帆君がペンケースに付けているなんて思わなかった。

「大丈夫?ほら、早く行こ」
「、あ、うん…!」
いよいよ友達も痺れを切らしたようで、私の腕を引っ張りずんずんと廊下を進む。そんな友達にごめんと謝りながら、私は教室に戻った。


            

 あんな出来事があってから皆帆君のことをすごく気にかけてしまっていたけど、まさかクラス替えで同じクラスになれるとは思っていなかったためすごく嬉しい。だけど今更どうやって声をかけたら良いのか分からずに、二年生になってから一週間が過ぎた。


     

 放課後を知らせるチャイムが鳴って、私はいつものように荷物をまとめる。帰宅部の私は学校が終わるとすぐに家に帰り、友達とメールやら電話やらをして時間を潰していた。皆帆君はどうなんだろう。おそらく帰宅部だろうけど…何から何まで彼のことばかり考えてしまい、私は思い切って席を立った。向かうは、皆帆君の席。

「皆帆君」
「…!」
いつかの休み時間と同じように推理モノの小説を読んでいる皆帆君の机に、指輪のストラップのついた携帯を置いた。すると彼はそれを見て目を丸くさせる。

「……まだ、持ってたの…?」

私がまだ持っていたのがそんなに予想外なことだったのか、皆帆君はしばらく驚いたまま何も言わなかった。
「…皆帆君も、それ」
そう言って皆帆君のペンケースを指差すと、皆帆君はその視線を追い自分のペンケースを見つめる。そしてまた、私の携帯についた指輪をみて、何だかおかしそうに笑った。

「っはは…やってること、同じだね」
「!」

その笑顔は、昔と変わらない。本当に皆帆君は、面白そうに笑う人だ。その笑顔を私は未だに好きでいた。

「…久しぶりに話したね」
「うん。本当に久しぶりだ」

少し間があいた。
何だかおかしな雰囲気だ。

「お父さん…亡くなったって、聞いた」
「…ああ。本当は直接伝えようと思ったんだけど…どう伝えたら良いか分からなくてね、ずっと悩んでたんだ」
「! 悩んでた、の…?」
「はは、恥ずかしながらね」

それを聞いて、少し嬉しくなる。皆帆君も、悩んだりするんだ。私にどうやって話かけようか、どうやって伝えようか悩んでくれていたんだ。そう分かって、すごく温かい気持ちになる。ああ、こんなことならもっと早く声をかけていれば良かった。

「…その指輪さ」
「え?」
皆帆君が私の携帯についた指輪に触れてから、私を見てにやりと笑う。
「まだ大切に持ってるってことは、みょうじさんもその気なんだよね?」
「!そっ、それは…」

そうだけど。と頷けば皆帆君は嬉しそうに笑う。やっぱり笑顔は昔と変わらないとは言え、体格も顔立ちも男の子らしくなって、声はまだ高くて可愛らしいけど、それでも昔とは全然違った。しばらく話さない間に、その対応の仕方とか喋り方とか、なんだか探偵の卵みたいな感じ。すごく皆帆君らしくて、思わず笑みがこぼれる。

「…皆帆君、」
「和人でいいよ」
「えっ、あ」
「ね?なまえ」
「!」
にっこりと笑って私の手を握る皆帆君。ここ一応、教室なんだけど。でもまあ皆帆君がこうして目の前で笑ってて、私の手を握って優しい声で「今日までずっと、なまえのことばっかり考えてたんだ」と囁くように言う。それが妙に恥ずかしくて、別に周りから冷やかされてるわけでもないのに顔が真っ赤になる。

「今の僕じゃまだ昔みたいにおもちゃの指輪になっちゃうけど…」

皆帆君が急に立ちあがって私の腕を引っ張る。ぐいっと近づく皆帆君の顔。次の瞬間、クラス中にキャーだのヒューだの歓声が上がった。

「大人になったら、本物の指輪を付けてもらうからね」

 ――皆帆君に、キスされた。

私たちのそれを見て一気に騒ぎ出すクラスメイトなんか気にせずに、皆帆君はもう一度私にキスをして、左手の薬指の付け根をなぞる。
「それまで、ここは開けててね」

彼はいつからこんなに格好良くなったのだろう。私はもう混乱していて、だけどそれ以上に嬉しくて幸せで、恥ずかしいけど初めて皆帆君としたキスの感触も、皆帆君の優しい声も、握られた手から感じる昔と変わらない温もりも全部、全部、


「大好き」
「もちろん僕も、大好きだよ」





どうせまたきみを愛すよ
(小さなおもちゃが私たちを繋ぐ)



 20130827
タイトルサンクス 花畑心中