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 条件付きで参加したイナズマジャパンに、どうしても苦手な人がいた。

「また絵を描いてるのかい?」
「…皆帆君」

私や周りの皆と同じように条件付きでイナズマジャパンに参加した皆帆君は、いつも何かにつけては私に構ってくる。今日だって生理のせいでいつもより少しだけ練習が辛かったけど別に練習を休むような痛みじゃなかったから練習に参加していたのに、誰よりも先に私の異変に気付いた皆帆くんがキャプテンの松風君に「彼女は体調が優れないみたいだから少し休ませてあげてよ」などと余計なことをしてくれたのだ。
それが皆帆君の優しさだとは分かっていた。ちょうど皆帆君が私の異変に気付いた時には、朝よりもお腹がすごく痛くて辛かったから皆帆君が松風君にああ言ってくれなかったら私は倒れていたかもしれない。感謝はしてる、けれど何かが引っ掛かって素直に感謝する気になれないでいた。


「絵を描くのが好きなんだね」

不意に後ろから聞こえた声に少し驚き、振り返る。そこには皆帆君が立っていた。
 いつも私は練習が終わり夜になると部屋を出で食堂で絵を描いているのだ。最初は食堂の風景を描いていたのだけれどそんな風景もだんだん飽きてきて、今では想像で風景画を描いたり花を買ってきてそれを描いたりしている。

 今日もいつものように食堂で絵を描いていた。
すると何時の間にかやって来て笑顔でこちらを見つめる皆帆君を横目に、私は小さな声で返事をした。

「今までずっと描けないでいたから」
その言葉に皆帆君は少し驚いたようだったけど、すぐに耳をぴくりと動かして口を開く。

「みょうじさんは、自分のことはマネージャーにやらせずいつも自分でやっているね」
「…!」
「掃除も洗濯もすごく手慣れている。いつも皿洗いの手伝いをしているし、それに今まで絵が描けていなかったのは"家にいると忙しかったから"じゃないかな。つまり君は、本当は君がやらなくて良いはずの事を強制されて…いや、君がやらなければいけないから、やっている。そう考えると君は…」
「皆帆君、」
彼の声を遮って私が口を開くと、ぴたりと喋るのをやめた皆帆君が不可解そうに私を見つめた。私は持っていた筆を置き、スケッチブックから目を逸らして今日初めて皆帆君と目を合わせる。すると皆帆君がまた口を開いた。
「…君は、父子家庭なんじゃないかな」
「!」

素直に、吃驚した。
皆帆君の推理と勘の良さは前々から見せつけられていて私もよく知っているし、けれどまさか私の行動や仕草から父子家庭であることが分かってしまうなんて思ってもいなかったから。
 私は俯き、ぎゅっと半ズボンの裾を握った。

「……私なんか観察して、何が面白いの?」
ずっと感じていた疑問を彼にぶつけると、彼は少し驚いたように目を見開いたがすぐに柔らかい笑顔で言った。
「興味があるから」
「…それってどういう意味?私のこと馬鹿にしてるのかな、"なんだか可哀想"って」
「それは違うよ」

皆帆君があまりに冷静な口調と表情でそんなことを言うから、何だか悔しくなって私は思わずガタンと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。その衝撃で机に置いた筆が床に落ちる。黒いえのぐが滲んだ筆先が床を汚す。ああしまったと思ったと同時に私は今が夜であるということにも関わらず荒々しく叫んだ。

「邪魔するならもう部屋に戻って!」

だけど皆帆君は表情一つ変えず、また笑ってこう言った。
「君のことが好きなんだ」
「っ、…!」

突然の言葉に思わず返す言葉が見つからなくて皆帆君をただじっと見つめた。
「そ…そんな冗談、」
口では冗談と決めつけても、今まで皆帆君がやたらと私に構ってきたのが"好意"からくるものならば確実に説明がついてしまう。そんなことを考えていると顔に熱が溜まった。慌ててそれを隠すように顔を逸らせば、皆帆君はクスリと笑って私に近づく。

「…こないで」
「君は、もう少し素直になったらどうかな」
「な、何よ…!」

皆帆君の言葉に反論しようとした途端、パシッと両腕を掴まれてそのまま机に押し倒された。
「っみ、なほ君…?」
「あまりこういう事はしたくないんだけどね…君は今、鬱陶しいと思っている僕に対してすごくドキドキしている。違うかい?」
「!」
もう少しオブラートに包んで言ってくれれば、私はきっと首を横に振れただろう。しかしこうも率直に言われてしまったら、否定なんてできない。私はただぎこちなく彼から視線をずらして「だったら何?」と素っ気なく返した。

「こんなことして…どうするつもり?ああもしかして私のこと襲おうとか思ってたんだ?皆帆君って案外変態なんだね」
意地の悪い冗談を言ったつもりなのに皆帆君はいつもより少しだけ黒い笑顔で言う。
「本当はそうしたいところだけど僕もそこまで野獣じゃないからね。それと、"変態"ってのは否定しておこうかな。年がら年中こんなことしたいって思ってるわけじゃあないよ」
「、」
「みょうじさんが、僕に隙を見せたりしなければね」

まさに、冗談から駒が出る、である。少し違うような気もするけれど。
本当に冗談のつもりだったのだが、皆帆君はあまり冗談とか通じない人なのかもしれない。そのうち本気で襲われてしまいそうだ。しかし結局皆帆君は変態なんじゃないか。私はきっと真っ赤になっているであろう顔で皆帆君を睨んだ。すると皆帆君はまた優しく笑って私に言う。

「まあこんな話はさておき、僕は本気だよ。君が好きだ」
「っ、」
「返事は待つよ。ゆっくりで良い」
そう言った皆帆君だが、一度は緩めた力をまた強くして私の両腕を机に押し付けた。そして私の耳元でわざとなのか分からないけど耳に吐息を掛けながら囁くように続ける。

「でも、あんまり煽られたらみょうじさんの安全は保証できないかな」


 そんなことを言われたら、意識しないなんて無理な話じゃないか。


boy
(僕だって男なんだからさ)



 20130815
「愛くるしい」の元ネタです