bookshelf | ナノ
※ヒロインは宮坂のクラスメイトで一年設定です。落ち無しですが宮坂→ヒロイン→風丸。




「風丸さん、今までありがとうございました」


 あの日の風丸さんの退部から、かなりの月日が経った。
相変わらず風丸さんはサッカー部として頑張っている。そして了のテンションにも問題ない。いつものように落ち込んでる。
了は最初、風丸さんがサッカー部に入部するのを引きとめていた。しかし「風丸さんを連れ戻してくる」と言って、風丸さんが初めて出た試合を見た後、了は一人で帰ってきた。「風丸さんは?」って聞いたら、了は諦めたように笑ったのを今でもしっかりと覚えている。あれからどれくらい経ったのだろうか。
 時の流れは私達が思っている以上に早く進み、気付けば今日はもう卒業式だそうだ。何度も何度も同じことを馬鹿みたいにくりかえした卒業式の練習を真面目にやっていなかったのは、きっと私だけではないだろう。

 いつのまにか貴方を追いかける事をやめてしまった私達。風丸さんがいなくなってからは、目標を失った部員達の新たな部活動生活が始まった。今まで活気のあった陸上部からその活気が消えることはなかったけれど、部員達の心には穴が残ったと思う。きっとそれは、了や私が痛いほど思い知った"風丸さんがいない"という穴。

最初は、陸上部から風丸さんを連れ去ったサッカー部がこれ以上もなく憎かった。もちろんそれは了も同じ。いつも教室では明るい了も、同じ陸上部でクラスメイトの私には弱音を見せていた。だけど私は、そんな了と風丸さんを重ねていた。


 ああ、これが了じゃなくて風丸さんだったら、私はどれだけ幸せ者なんだろう、と。

教室での了はいつも、笑っていた。それは無理な笑いじゃない。
本当に、クラスメイトや友達との会話を心から楽しんでいるような笑顔。
だけど私と二人になると、今にも泣きだしそうな顔で私にぼやき続ける了がいた。
それを私は、良いとも悪いとも思わなかった。ただ、黙って了の話を聞く。それだけ。

 卒業式が終わった後、教室に残っているのは私だけだった。
みんな、先輩と写真を撮るだの第二ボタンをもらいに行くだの色々していて、私だけがただぽつんと誰もいない教室に立ちつくす。

本当は私も、風丸さんに会いに行きたい。
卒業おめでとうございますって今にも泣きだしそうな顔でそう伝えて、風丸さんの温かい手で頭を撫でてほしかった。もっと私に勇気があれば、好きですって、伝えたかった。そんな想いは勇気には変わらずに、私はただその場に座りこむ。
そんな時だった。
「なまえ」
了の涙ぐんだ声が聞こえて、私はハッとドアの方に目をやる。

「了……」
こうしていつものように、私達のぼやきタイムが始まるのだ。


「ねえなまえ、なんで風丸さんは、最後まで俺たちと一緒に走ってくれなかったんだろう。何が、間違ってたんだろう。風丸さんは、俺の憧れだった。いつも風丸さんを羨ましいと思ってた」
「……了は、ただ一生懸命に風丸さんのこと追いかけてたもんね」
「それは違うよ」
「え…?」
不意に了を見つめれば、その真っ直ぐな瞳が私を見つめ返す。
「俺が追いかけてたのは、風丸さんじゃない。風丸さんは憧れだよ」
「…じゃあ、何を……」

その答えは、なんとなく分かっていたのかも知れない。
だから、聞きたくなかったのかもしれない。

(了の答えを聞いたら、私は)

「なまえを、追いかけてた。」

(罪悪感と切なさに、追いつめられてしまう)

「好きだよ、なまえ。ずっと好きだった。なまえに好きって思われてる風丸さんが、羨ましかったんだ」

私は何も言わなかった。ただいつものように、黙って、話を聞く。
私の好きな人は、風丸さんだ。了じゃない。けれども「ごめんね」が言えなくて、どうしようもなく悲しくて、切なくて、下を向けば今にも泣きだしそうだった。だけど今わたしが泣いたら結果的に了を傷つける。
 もう了を傷つけたくない。

「……私は、風丸さんが好きだよ」

だから、
(ごめんね)

「…、そっか」
そんなに悲しい顔をしないで。

「やっぱり風丸さんが、羨ましい」

 ただ春の風が桜を連れて、私の頬を撫でた。
これでもかってくらい、涙があふれてくる。
(ああ、なんでだろう。)
どうしても追いつけなくて、叶わない恋で、どうしようもなくて、ただ追いかけるのはゴールの見えない坂道。

「…教室、でよっか」
私がそう言うと、了は黙って頷いた。
 二人で校舎を出てしばらく歩く。するといつも陸上部の皆と走った坂道が、別れの道に見えた気がして、私は思わず堪え切れなくなった涙を溢れさせて了の制服の裾を握った。それに気付いた了も、優しく私を包み込むように笑う。「大丈夫」って。辛いのは、了のはずなのに。
 しばらく二人で泣いていると、一つの影が近づいてくるのに気付いた。私も了も涙を無理に引っ込めて影の主を見つめる。そこに立っていたのは、風丸さんだった。制服姿で胸元には「卒業おめでとう」と書かれた花を飾って。

 私の涙を見た風丸さんは心配そうに「どうしたんだ?」と近寄ってきた。だけど私は風丸さんの目なんて見ずに、無理矢理笑う。


「卒業おめでとうございます、風丸さん」



 私の叶わない恋と、了の叶わない恋。どちらかが実ると、どちらかが二度と叶わない恋になる。だったら私は、自分の恋も、了の恋も、捨てる。

さあ、二人で叶わない恋をしよう。そうすればもう怖くない。
二人で辛い思いを分け合えばいい。

私はまた笑って、宮坂に言った。

「部室、行こう」

すると了も笑う。それで良い。
中学一年生の私達にとって、それは初恋という名の、失恋。

私と了は少しだけ距離を縮めて、部室へと向かった。

(そう、それでいい。今は二人で泣けばいい。)



のように深く曖昧なの中で、を怖がり背中をめ泣いていた。


 20130807