bookshelf | ナノ
※公式完全無視です。年齢操作有り、高校生設定になってます。


 購買で買ったパンを食べ忘れていた。賞味期限がとっくに過ぎたパンを見つめながら溜め息をついた昼休み。高校二年生の夏、暑い日差しが窓ガラスから室内へと割り込んでくる中、僕は食堂へと向かった。
夏はそれほど嫌いじゃない。青春って感じがするし、サッカー部に所属してる僕としてはむしろ夏が好きだった。冬に体を動かすのも悪くない、それは春も夏も秋も一緒だけど。夏に流す青春の汗はとても素晴らしいと思うんだ。ただ一つ、サッカー部のマネージャーである彼女に文句を言いたかった。

「あ」
ふと食堂の隅に一人で座っている女子生徒を見つけて、思わず顔をしかめる。彼女はサッカー部マネージャーのみょうじなまえだ。ぱちくりした瞳とふわふわの髪がとても可愛らしい子であり、マネージャーの仕事も一人で頑張ってくれている…んだけど。彼女の性格に難があった。

「みょうじは今日も一人なの?」
「……あのねフェイ私はこの前貴方に何て言ったのかな」
「話し掛けないでって言われたけど」
「じゃあ話し掛けないで。食事中です」

 とまあこんな感じで、僕らサッカー部のマネージャーは心を開かない限りは会話さえもロクにしてくれない子なのだ。僕の目の前で静かにパンをかじる彼女をただ見つめるだけの昼休み。僕は確かパンを買いに来たんだけどな。
ただぼうっと見つめていれば可愛らしくて今にも恋に落ちてしまいそうだというのに。その性格さえなければ今頃彼女は全校男子生徒からのラブコールに悩まされていたんだろうな。そう考えると何だか勿体ない気分だった。(こんなに可愛いのに、勿体ない)
ふと目があって、みょうじが逸らす。僕は身を乗り出して「どうして目を逸らすのさ」と問いかけた。とてつもなく嫌な顔で「理由なんて無いわよ、嫌だっただけ」と返されてしまったけど。

「何でみょうじはそんなに無愛想なの?」
返事は無かった。(あ、無視された)とうとう会話さえしてくれなくなったという事は、彼女は今機嫌をそこねたのだろう。そういえばこの前、みょうじとキャプテンが楽しそうに話してるのを見た。それを思い出した途端に、何だかキャプテンが羨ましくなったりして。あーあ何で僕はこんなにアピールしても嫌われたままなんだろう。キャプテンと僕の何が違うのかな。そんなことを考えている間にも彼女はパンを食べる口を止めなかった。(パン好きなのか)また一つ彼女を知った。特に彼女は苺ジャムパンが好きらしい。苺ジャムパンを食べている目の前の彼女の頬は、嬉しさからか少しばかり朱色に染まっていた。

「…みょうじはキャプテンのこと好き?」
「高峰先輩は関係無いでしょ」
「良いじゃない、ねえ教えてよ」
「先輩としては好き。それ以外について教える気はないから」
「ふーん」

ちなみにキャプテンの名前は高峰先輩。あれだけ仲が良さそうなのに未だに苗字呼びという事は、そんなに親密な関係ではないのだろう。それに少しだけ安心した僕はみょうじのことが好きだったりする。だから仲良くなりたいのに、みょうじは僕なんて視界に入れずパンをもぐもぐするだけだ。(こっち、見てくれても良いのに)
 手を伸ばせば届く距離。そのパンを握る小さな手さえも、ここから手を伸ばせば掴む事なんて容易いのに。僕は焦点の合わない目で彼女を見つめる。焦点が合わないせいで少しブレて見える彼女さえも、可愛くて、綺麗で。こんなの変態みたいだって自分でも思うのに、そんな思考をやめられない。ずっと彼女のことを考えていたいな。

「何見てるのよ」
「え?」

彼女の不機嫌そうな声に少し驚き、慌てて焦点を合わせて彼女を見る。目の前にある、不機嫌な顔。「こっち見ないで」少し詰まったような声。ああ、僕は今ずっと彼女を見ていたのか。少しだけ恥ずかしくなった。だけどそれはきっと僕だけじゃないんだろう。
頬を朱色に染めた彼女は、とても可愛かった。僕を睨むように見つめて(睨まれてる気がしないけど)少しばかり肩を上げて、まるで威嚇をする小動物のようだった。

「ごめんごめん、つい」
「ついって何よ」
「知りたいの?」
「…別に」
「みょうじはさ、何で僕を嫌ってるの?」
「……え?」

 ぴたり。彼女の手が止まり、そこから落ちた苺ジャムパン。パンを包んでいたビニールが机に擦れて微かな音が鳴る。彼女は目を真ん丸にしてこちらを見つめた。その目は僕を睨んでいなかった。僕も彼女を見つめ返す。どうして彼女の瞳はこんなにも綺麗なスカイブルーなのか。少し考えた。すると彼女の薄い唇が動く。

「…フェイは私のこと嫌い?」
「え、何で?」
「…何でもない。私はフェイが大っ嫌い」

あ、今のは傷ついたかも。思わず彼女の手首をキツく握った。
ちょっと痛かったのか、その綺麗な瞳を無残に歪めてこちらを見た。しかしその瞳は、さっきから僕を睨もうともしない。彼女の意図が分からなかった。長い睫毛が良く目立つその瞳から、涙がこぼれた。僕はそんなのも無視して彼女に詰め寄る。

「僕はみょうじが好きだよ」
「嘘言わないで」
「みょうじこそ本当に僕のことが嫌いなの?ねえ、答えてよ」
「っ…フェイおかしいよ、おかしい」
「おかしいのはみょうじの方だろ!僕はこんなに好きなのに、それを受け止めようともしないんだから!」
「!」

彼女の瞳から溢れた涙が乾く。スカイブルーは少しだけ濁ったように見えた。彼女は今何を考えてるんだろう。どうして彼女は泣いたんだろう。一秒ごとに沢山の事を考えた。だけれど何一つ、彼女が分からない。どんなに考えても、何も分からない。今までだってそうだった。どうして自分が嫌われているのか、全く理解できなかった。それなのにキャプテンはどんどんみょうじと仲良くなって、それが悔しくて。今こうやってみょうじに怒りをぶつけるなんて、ただの八つ当たりに過ぎないのに。

「…ごめん。八つ当たり、した」
みょうじは何も言わなかった。俯いたまま、ぎゅっと目を瞑ってこちらを見ようともしない。何を考えてるのか。その脳内に僕がいるなら、こっちを見てよ。いつもいつも僕を見ようともしないその瞳で、一度で良いから僕を見てよ。些細な不満から、大きな欲求に変わった。思わず彼女の細くて柔らかい体を抱きしめた。

「!、ふぇ、フェイ…!」
「僕を見てよ」
「…い、いや、嫌…」
「何で?」
「……」

彼女は本当に強情だ。好きだと言っているのにそれでも尚、僕を見ようともしない。僕は彼女にここまで嫌われる原因を作った覚えなんてない。一方的な偏見だろうか。そんなの僕が許さない。抱きしめた彼女の体がじわじわと熱を持っていった。それに気付いた途端、涙まみれになった彼女の顔が僕を真っ直ぐに見つめてきた。

「!」
「わ、私だって、貴方が好きよ!だけど、だけど好きになりたくなかったの!私はマネージャーで貴方は選手で…選手を好きになったら、きっとマネージャーの仕事に支障が出てしまう……分かるでしょ?私はマネージャーなの。平等に、皆を応援しなくちゃいけないの!」

ぼろぼろと溢れる彼女の涙は、嘘なんて付いていなかった。彼女はどこまで真面目で、どこまで正義感に溢れた人間なのだろうか。しかしそんな正統派な理由で彼女は僕を避けて、嫌っていたなんて。だけど言わせてやった。その口で、全部吐かせてやった。彼女は僕を好きだと言った。それがとてつもなく嬉しくて、思わず満面の笑みがこぼれる。

「な、何、笑ってるのよ」
「っふ、はは…いいや、何でもないよ」
「嘘ばっかり!」
「ふく、く…あはは!はは、可愛いなあ、ほんっとに可愛いなみょうじは!」
「!」

僕の言葉に顔を真っ赤にしたみょうじ。それは彼女の好きなパンの味にとても似た色で、思わず笑いが止まらなかった。僕は彼女の手の甲にキスをして、微笑む。

「じゃあ、これからは素直に好きでいてくれるよね」
彼女の瞳から涙は出てこなかった。そして、彼女は初めて僕に笑顔を向けた。その無邪気かつ綺麗な笑顔は、これから僕の宝物になるんだろう。そして今までやり取りをしていたこの場所が学校の食堂だということに気付いた時にはもう遅かった。一部終始を見物していたらしい生徒達は煩いほどに口笛をならし、僕達に拍手を送る。とてつもなく恥ずかしかったけれど、これでみょうじが僕のものだという事を皆に分かってもらえたかな。僕は真っ赤になったみょうじにキスをして、言った。

「ねえなまえ、これからは僕だけを見てくれる?」
「……馬鹿、当たり前でしょ」
「うん、そうだよね。大好きだよ、なまえ」
「フェイこそ、ずっと私だけ見ててね」
「勿論」


 20120723