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「なんで逃げるの」

私を壁に追い詰めて、私の顔の両サイドの壁に手をつけて。ニヤリと鬼畜に笑う天馬の眼が、異様に痛く感じた

 天馬の裏の人格(?)を知ったのは、つい先週のことだった。放課後、天馬に呼び出された私は、どういうわけか天馬に告白され、どういうわけかその告白をオーケーした。先週、私と天馬は恋人になったのだ

サッカー部のマネージャーでもない私がなぜ天馬と知り合いかつ友好関係を持っていたかと言うと、私はサッカー部キャプテンの神童拓人の実の妹だからだ。

「俺と付き合ってる事、誰かに言った?」

私はふるふると首を横に降った。すると天馬は薄く笑って、私の頭を優しく撫でる

「…良い子」
「て、天馬っ…!」
「ん?」
「お兄ちゃんに…言ったの?」
「なにを?」
「…私と付き合ってる事」
「うん」

天馬の眼が私を捕らえる。私は耐えられなくなって、眼を伏せた。天馬はおもむろに私の肩を滑るようにして手を胸に持っていった

「っ!やだ、天馬!」
「キャプテン、焦ってたよ。でも俺がなまえを幸せにするって言ったら、安心してた。馬鹿みたいに切ない顔で、なまえを幸せにしてやってくれ。だってさ」
「…!」
「幸せにするなんて…当たり前だよね」
「てん、ま」
「なまえが良い子にしてればだけど」

私は肩を上げた。そんな天馬のセリフに、恐怖を感じたからだ。天馬は愛のある表情で私に言う

「あはは。やだなあ、冗談だよ。なまえを幸せにする、約束するから」
「天馬、」
「……怖い?」
「!」

天馬は無表情でそう言った

「…え」
「いつもは明るい笑顔でサッカーサッカー言ってる俺と、今の俺。…どっちが好きだった?」

わざと答えられないような質問を投げ掛けてくるのは天馬の悪い癖。私は天馬の顔なんか見ずに、薄く口を開いた

「…どっちも」
「当たり前だよね」
「っ、」
「おれも、なまえのぜんぶを愛してるから」
「…うん」
「だから離れて行かないでね?」
「……うん」
「なまえはいつまでも、おれだけのモノ」
「…うん、」

私はこの悪魔のような天馬の眼から逃げられない。愛していない訳ではない。むしろ、私の全身が天馬を愛してしまっていた。

「天馬、」

それなのに私が愛してると天馬に言わない理由は、自分でも分からない。だけどきっと、そう、天馬の呪縛から逃げ出せない自分を、ただ怖がっているだけだから

「ずっと俺のモノ」

(私がついた嘘の数だけ)
(そう、愛があれば良いのに)


20120323