bookshelf | ナノ
 私は東堂尽八という男が誰よりも嫌いだった。
黙って自転車に乗っていれば誰よりも格好良いのに、無駄なことばかりべらべらと馬鹿みたく喋ってしまうから誰よりも格好悪い。と言うかそれ以前に、第一印象が宜しくなかったのだ。
席替えで一度だけ隣の席になり、その時の東堂はどういうわけか嬉しそうに笑っていた。「よろしくな」とご自慢の決め顔を見せつけてきたのがすごく寒かった。私のペンケースに描かれた白いうさぎの絵を見て「俺のロードと同じ色だ」と言ってきたのがすごく寒かった。挙句の果てに床に落ちた私のノートを拾い上げて「綺麗な字を書くのだな」と褒めてきたのもすごく寒かった。とにかく寒いのだ、東堂尽八という男は。


「落ちたぞ、みょうじさん」
「!」

それは国語の授業中。厳しいことで有名な先生が熱心に話しているというのに突然声を掛けてきたのは、紛れもない東堂だった。私が先生にバレないように東堂に目を向けると、その女子みたいな華奢な手には私のシャーペンが握られていて思わず「あ」と声を出してしまう。おかげで先生に睨まれてしまった。
とりあえず"ありがとう"と口パクで伝え、シャーペンを受け取る。構わんよと言わんばかりの笑顔に何だかとても腹が立った。

 授業が終わると東堂が机の上を片付けている私に言う。

「みょうじさんは、意外とうっかり者なんだな」
「…え、」
「この前はノート、今日はシャーペン、次は何かと考えるだけで面白い!」
「……馬鹿にしてるの?」
ワッハッハと楽しそうに笑う東堂にそう言うと途端に呆気とした表情を見せた。一度首を捻ってから、少し口角を釣り上げる。その顔はやっぱり、格好良いのに。また口を開いて今度はどんな格好悪いことを言うんだろう。

「いや、そういう所が可愛いと言いたくて」
「、は」
「だから馬鹿にしているわけではな
「ば、馬鹿じゃないの!!」

(あ、しまっ、た)
思わず大声を出してしまったことを反省し、小さく「ごめん」と伝える。すると何故か驚いた顔をしていたはずの東堂が優しく笑って、とんでもないことを言った。

「みょうじさんのそういう素直なところ、好きだぞ」
「っ…!」
「いつもは全く素直じゃないがな!」
「やっぱり馬鹿にしてるでしょ!」

やばい、やばい何これ、なに、これ。いつもなら腹が立って仕方ないはずの笑顔が、大嫌いなはずの東堂が、吃驚するほど格好良かった。(いや、格好良いのかいつもだけど、今のは…なんか、)どうしようもない感情に頭がぐるぐるする。まるで心臓を締め付けられるような気持ちになって、一瞬声が出なかった。

「……私は東堂が嫌い」
「なっ」
「いつも話しかけてくるし、寒いし」
「寒くはないな!」
「それに、うざいし」
「うざくもないな!!」
「……あと」
「、」

私は教科書をロッカーにしまうため、椅子から立ち上がる。それに吃驚したのか東堂もまた、一瞬だけ言葉を失くした。私はそんな東堂を無視して、小さな声でぼやくように言う。

「…格好良い、し」

その時の東堂の顔は死角になって見えなかったけど、でも、すぐに「みょうじさん」と私を呼ぶ声がして。その声があまりにもいつもと違うものだったから少し吃驚して東堂に向けると、そこには顔を真っ赤にして俯く東堂の姿があった。
「っ、え、」
「……それは、反則だ」
「と、東堂…?」
「俺はずっと前から、」

がたんと音を立てて立ち上がった東堂が、真っ直ぐに私を見つめる。東堂は本当に、耳まで赤くなっていて。いつもヘラヘラと笑顔や決め顔を振りまいているものだから、こんな顔をするなんて思ってもいなかった。だから、余計に、
(っ……あー…もう、)
余計に、心臓が爆発しそうになってしまう。東堂の視線に耐えきれずに目を逸らすと同時に、東堂が口を開いた。

「みょうじさんが好きだ」
「!」
「だから付き合いたいと思っている」
「、え」
「返事はいつまでも待つ。嫌なら断っても良い。…ただ、」

東堂はぎゅっと唇を噛み締めてからそれを解き、言う。

「返事がイエスなら今ここで言ってくれ」
「…!!」

クラスメイトたちが立てる騒音も、話し声も、笑い声も叫び声も、全部シャットアウトされた。どきどきと鼓動が加速して止まらない。緊張のせいか、じわりと手に汗が滲んだ。目の前に立つ東堂が真剣な顔で私を見つめている。
(…むかつく)
整った顔と、サラサラの綺麗な髪と、引き締まった逞しい身体。東堂は多分、全部持ってるんだ。誰もが望む完璧な容姿を。私はそれがどこか気に食わなくて、というよりも東堂自身のことが大嫌いで話しかけられるのも嫌で、……嫌な、はずなのに。

「……みょうじさん、」
「、あ…」

スッと伸びてきた手が私の手をすくい取った。東堂の手は見た目はすごく綺麗で細いのに、こうして触れると意外にも骨ばっていることに気付く。何だか全部、東堂に奪われてしまったような気分だ。

「間違っていたらすまない、が……多分、当たってると、思う」
「な、なにが、」
「…みょうじさんは俺のこと、好き…なんだろう?」
「っ、…!」

無意識のうちに熱くなる頬が、これ以上にない羞恥を覚えさせる。私たちの雰囲気に勘付いたクラスメイトが口笛を吹いたり冷やかしたりしているがそんなの視界の端っこにしか映らなかった。今はもう何もかも、東堂に持って行かれてしまって、


この世のいちばん高いところから

「馬鹿じゃないの」
全てを見下ろすようなこの男が大嫌いだと、もう口にできなくなってしまった。


 20140820
タイトルサンクス さよならの惑星