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 ある冬の練習帰り、俺は知らない誰かのマフラーを拾った。
そのシンプルなマフラーは俺のスコットと同じ色をしていて、普通ならこんな誰のかも分からないマフラーの持ち主を探すなんて面倒なことは避けるが、どうしてか俺は持ち主を探すことにしたのだ。





「それなら、隣のクラスのみょうじさんが付けてるの見た事あるよ」

 翌日の昼休み、拾ったマフラーのことを小野田に話すと持ち主は案外簡単に見つかった。
隣のクラスのみょうじといえば、わりと男子に人気のある女子だった気がする。どんな容姿をしているのかは知らないが、たぶん俺の嫌いなタイプ。
がしがしと髪をかきまぜ、息を吐き出す。あとはこのマフラーを持ち主であるみょうじに届ければ俺の目的は達成だ。俺は教室を出て隣の教室をのぞいた。
他クラスの俺が教室をのぞいたことに気付いたのか、近くにいた女子が「うちのクラスに何か用?今泉君」と声を掛けてきた。なぜ俺の名前を知っているのかは分からないがとりあえずこの女子にみょうじとやらを呼んでもらうことにする。

「あー…みょうじっているか?」
「なまえなら多分花壇だと思うよ」
「花壇?」
「うん。あの子園芸部だから」
「園芸部…?」

そもそもあいつの下の名前がなまえだったことも、この学校に園芸部があることも初めて知った俺は上手く脳内を整理できずに「そうか」とだけ返してその場を去った。
 この学校の花壇は、確か裏庭の方にあったと思う。わざわざそこまで行くのは面倒臭いが、マフラーを拾ってしまったからにはきちんと持ち主に届けないと気が済まない。俺はさっさと済ませてしまおうと早足で裏庭の花壇へと向かった。



「!…」
裏庭に着くと、すぐに花壇を発見した。そしてみょうじも。
(あいつか…)
花壇のすぐそばには華奢な女が一人立っていて、おそらくあいつがみょうじだろう。俺はマフラーを持ち直し、ゆっくりとみょうじに近づく。

「おい」

できるだけ柔らかい口調で声を掛けたつもりが、みょうじは肩を大きく震わせこちらを向いた。

「な、何ですか?」
見た目とは裏腹に、少し低めの声。肩手にはホースが握られていて、他の部員は見当たらない。今日の当番はこいつだけなのだろうか。そうだとしたら都合が良い。

「これ」
俺は持っていたマフラーを差し出した。その途端、みょうじは驚いた顔で俺の顔とマフラーを交互に見つめる。
(…やっぱりこいつのだったか)

「えっ、これ、どこで」
「この前拾ったんだよ。練習の帰りに、校門の近くで」
「! そ、それでわざわざ…」

届に来てくれたの?と小さな声でそう言って俺の顔色を伺うみょうじに、よく分からないが少し緊張してしまう。
少しハスキーな声も、整った顔も、髪型も何もかも想像していたものとは随分と違っていて。俺はとにかくみょうじにマフラーを渡し、鞄を背負い直した。

「あ…今泉君、ありがとう」
「別に大したことじゃないだろ。それよりマフラーが持ち主に届いて良かった」
「!」

俺の言葉にみょうじは何度か瞬きをした後、嬉しそうに笑って言う。

「今泉君って、すごい優しい人なんだね」
「…優しい、だと?俺がか?」
「うん!マフラー失くしたと思って困ってたから、届けてくれて嬉しかったよ」
「!……そうか」
「ありがとね、今泉君」

そう言って満面の笑みを浮かべたみょうじは、どこか小野田と同じような雰囲気を感じさせた。柔らかくて、見ているこっちまで和んでしまうような笑顔。少し弱弱しい喋り方も、何となく小野田っぽい気がする。そんなことを考えながらしばらくみょうじを見つめていると、みょうじは頬を赤く染めながら首を傾げた。
「ど、どうしたの?」
その声に俺はハッと我に返る。(…しまった、つい…)変に思われただろうか。俺は焦りを誤魔化すようにして咳払いをした。

「もうマフラー落とすなよ」
「もちろんだよ。……でも、」
「?」

みょうじは何だか言いにくそうに俺から視線を逸らす。しかしまるで覚悟を決めたかのようにまた俺に目視線をやって、ふわりと笑った。それは、どこか照れ臭そうな笑顔に見えた。

「今日みたいに今泉君が届けてくれるんだったら、また落としちゃっても良いかな、なんて」
「!」

何故か、みょうじの笑顔に心臓が音を立てて騒ぎ出す。体験したことのない感情に、頭がついていかない。暑いわけでもないのに掌に汗が滲んだ。みょうじが赤くなった顔を隠すように花壇の水やりを再開する。水が太陽の光に反射してきらきらと光って綺麗だ。
(でも……)
今は、みょうじにしか目がいかない。

「…だったら」
「え、?」
「いつでも落としてくれて構わないさ」
「!!」
「そしたらまた、こうして話せるってことだろ?」

そう言って口角を釣り上げると、みょうじは慣れた手つきで動かしていた手を止めたまま俺を見つめる。

「じゃあ…明日も、またここで待ってるから!」



マフラーからはじまる




 20140423