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章吉の唇が離れていったと同時に、私の目から涙が溢れた。
「っしょう、きち」
ぽつりと章吉を呼んで、私はそのまま俯いてぎゅっと目を瞑る。溢れる涙は止まることを知らないようだ。
(こんな、こんなの、)
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。体中の全ての熱が頬に集中してるような感覚だ。顔がこれでもかというほど熱くなって、隠しきれない。
「分かったか」
「、え…」
「人の話を終いまで聞かんと、こういうことになるんやで」
「! ……だ、ってそれは…」
「だってそれは、何や?」
「っ、」
いつもより何倍も静かな章吉の声は、どこか優しくて。いつもの馬鹿でかい声からは考えられないほどだった。すると追い打ちをかけるように頭を撫でられて、私は少しだけ掠れた声で言う。
「……いきなり、あんなこと、して」
「あんなこと?」
「きっ、昨日……」
「!」
章吉が思いだしたように小さく頷いて、「せやな。ごっつビックリしたで」と苦笑した。その笑顔すら、私の鼓動を速める原因になってしまう。私は章吉と目を合わせて、また逸らして、「ごめん」と口にした。その途端、章吉が驚いたように目を丸くする。
「何でなまえが謝んねん」
「だ、だって、私…章吉は、私とキスなんかしたくないって…思ってた、から」
「はぁ!?」
「っち、違うの…?」
突然の大声に吃驚して肩が上がった。
ちらりと章吉を見ると、章吉は怒ったような顔をして、次の瞬間呆れたような溜息を吐いた。
「はあぁ、何でそないな勘違いすんねん、アホか!」
「な、なによ、章吉だって!」
「は!?俺が何やねん!」
「いっ今まで!いちども、キスしてくれなかったじゃない…!!」
「!!」
自分で言っていて悲しくなった。気付けば止まったはずの涙がまたじわりじわりと滲んできて、抑えきれず顔を隠す。喉をしゃくり上げて私が泣いていると、しばらく固まっていた章吉が私の肩を少し乱暴に掴み、無理矢理顔を上げさせた。
「っ、な、!」
目の前にあった章吉の真剣な顔を、不覚にも格好良いと思ってしまう。
章吉は面と向かって私に言った。
「もっかい、ツラ貸せ」
「!? 待っ、しょうき――んうっ、」
章吉の名を呼ぶことすらできず、私の声はそのまま章吉に食べられてしまったかように消えてしまう。
私の唇を食べ物と勘違いしてるのではないかと思うくらい、激しいキスだった。章吉がどこでこんなキスを覚えたのかなんて、考える暇もないくらい。
「っう、んんッはぁ、しょうき、ち、」
じんじんと体の底から電気みたいな痺れが走って、体が動かない。苦しくて章吉の体を押し返そうとした手も、あっさりと章吉に掴まれてしまった。このままでは死んでしまうかもしれない。鼓動が速すぎて、頭がくらくらする。章吉の顔が見たくてうっすらを目を開けても、生理的な涙で滲んで何も見えなかった。
(しょう、きち、章吉、)
何度も心の中で章吉を呼ぶ。もうどれくらい時間が経ったか分からないけど、口内に入り込んでくる章吉の舌も、頬が触れ合うこの感触も、章吉の体温も全部。幸せと、快感につながる。
「す、きっ…しょ、きち、好き…!!」
精一杯訴えて章吉の首に腕を回せば、章吉も力強く抱きしめてくれた。それが嬉しくて私は章吉のキスに全力で答える。
(このまま、時間が止まってしまえば良い、のに)
「ッなまえ、愛しとる」
幸せすぎて途切れてしまいそうな意識の中、そう言った章吉の声だけがハッキリと聞こえた。
唇から伝染する
(悪いことは全部、私の勘違い)
20131229