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 翌日の朝。
私は「ああもう、ばか!!!」と心の中で叫び、机に顔を伏せる。

 昨日の帰り道、私はつい衝動で章吉にキスをした。いや、してしまった。
あの時はどうも頭がおかしくなっていたというか、何というか。キスの後に唇を離すと自分の顔が真っ赤になっているのに気付いて恥ずかしさで一杯になってしまい、そのまま章吉の顔なんて見もせずに走って帰った。だから朝から章吉と顔を合わせるのも気まずく、今日はいつもより早く学校に来て、今に至る。

章吉はきっと今頃朝練を頑張っている。あと10分もすれば教室に来ると思うが、なんて声を掛けたら良いのかも、声を掛けられた時になんて返せば良いのかも分からない。(ああぁ、もう!)もし一度だけ魔法が使えるとしたら、私は迷わず昨日の記憶をなくすことに使うだろう。
 もうどうしようもなくなってまた机に顔を伏せれば一人二人と運動部のクラスメイトが汗をかきながら教室に入ってきた。時計を見ると、もう自転車部の朝練も終わっている時間。
(ど、どうし、よう)
焦りと緊張で体が固まる。必死にどうにかする術を考えた。しかしそんなのは全く意味がなく、気付けば後ろから聞き慣れた声が聞こえる。


「なまえ」
「!!!」

章吉、だ。
私は慌てて振りかえった。

「し、章吉…!」

しかしその顔にいつもの無邪気さはなく、私は思わず口を閉じてしまう。

「あ、あさ、れん……」
震える声で、お疲れさまと言おうとした。だがあまりにも緊張してしまい上手く言葉にできない。すると章吉が私を真っ直ぐに見つめて、少しばかり焦ったように口を開いた。

「なまえ、昨日、」
「っ あ!朝練っ、お疲れ様!!」
「!」

いよいよこの雰囲気に耐えきれなくなった私がそう叫ぶと、章吉は目を丸くして口を閉じる。
私の声に吃驚した数人のクラスメイトが私たちの間に流れる空気を察して、ぽつりぽつりと教室から姿を消した。そして私たちは二人きりになってしまう。クラスメイトが気を遣ってくれたのは嬉しいのだが、できれば今は二人きりになりたくなかった。

「…なまえ、」

また名前を呼ばれて、肩が上がる。咄嗟に目を逸らせば章吉が私の頬に手を伸ばして、そっと触れた。
「! なっ、」
「目ぇ逸らすなや」
「、」

いつもよりいくらか低い声に思わずドキッとしてしまい、章吉の手を優しく振り払って私は章吉から距離を取る。(恥ずかしくて、目なんか合わせられるわけない…!)
 しかし章吉はそれを良く思わなかったそうで、今度は強く私の腕を掴んだ。

「ッい、」
「何で避けるん」
「!」

その声を聞いて、章吉が怒っていることに気付く。ちらりとその顔を見てみれば、眉間に皺が寄っていた。(や、ばい)それでも私は章吉を真っ直ぐに見れずにまた目を逸らしてしまう。

「は、離して」
「…なまえ、昨日の」
「離して!」
「っ人の話くらい…終いまで聞けや!!」
「、――!」

 最初は、ほんの照れ隠しだったのに。昨日キスした話題を振ってほしくなくて、恥ずかしくて、目を逸らしたのに。自分でもまさかこんな本気の喧嘩になってしまうなんて思ってもいなかった。(私、が…)私のせいで、こんなことになってしまった。

 気付けば羞恥なんて全部消えて、罪悪感だけが心を覆う。

「し、章吉…」

恐る恐る章吉と目を合わせると、章吉は自転車に乗っている時と同じくらい真剣な顔をしていた。そんな章吉の表情に、心臓がどきりと嫌な音を立てる。

「なまえ」
「っ…」
「昨日、何で急にあんなん
「ご、ごめ、わたし、!」
また章吉の言葉を遮ってしまった。
ふい、と顔を逸らして私は章吉から逃げようと足を浮かせる。しかしまたもや章吉は私を逃がしてくれず、両手首を掴んだまま私を壁に押し付けたのだ。

「!!」
それはあまりに突然のことで、目の前に一杯に広がる章吉の顔も、背中に伝わる壁の冷たさも、全部、脳内でうまく処理できなくて。それでも必死に章吉から逃げようとすれば章吉は本気で怒鳴った。

「こっち見ろや!!!」
「ッ――」

キン。耳に痛いくらい響く声。廊下から聞こえた野次馬の声。
正直、章吉のこんな怒鳴り声は初めてだし、怖いし、ショックだ。気付けば涙さえ滲んできて、どうしようもなくなった私は章吉の顔を真正面から見つめ怒鳴り返した。

「顔なんて合わせられるわけないじゃない!!」
「!? 何やと…!」

(あ。やば、い)
ぐいっ。左手を強く引っ張られて、私はそのまま章吉の方へと倒れ込むような形になってしまう。そして次の瞬間、

「っ ん、!?」

唇には、感じたことのある柔らかい感触と、温度。



反論さえ呑み込んで
(今度は章吉が私に、キスをした)



 20131209
ちょっと投げやり感が出てしまいました…