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「章吉、好き」

 放課後。私たち以外誰もいなくなった教室で、私は章吉にそう言った。章吉は少し吃驚したような顔をしたけど、でもすぐに
「ワイも好きやで」
と言って笑った。

それから私たちは付き合うことになって、クラスも同じだったから休み時間は二人で話したり騒いだり色んな楽しさと幸せを共有してきた。
章吉は部活が忙しいはずなのに、毎日毎日ちゃんと私に構ってくれて(章吉が構ってちゃんだというのもあるのだろうが)とにかく章吉は私を十分なくらい笑顔にしてくれる。そんな章吉と、ずっとこのまま何ひとつ変わらず過ごしていけたらいいと思っていたのに、友達の一言で私たちは少しだけ変わってしまったのだ。



「鳴子君となまえはさ、もうキスとかしたの?」
「ぶっ」

 それはとある休み時間のこと。
友達がいきなりそんなことを聞いてきたから、私は思わず噴き出してしまった。

「な、何?いきなり…」
驚きを隠せない顔で友達にそう聞き返すと、友達は笑いながら、というよりはニヤニヤしながら続ける。

「んー、何となく気になってさ。ほら、鳴子君となまえって恋人というよりは友達って感じですごい仲良いから、どうにもキスをするような関係とは思えないんだよね。」
「そ、そう?」
「うん。で、ホントのところ、どうなの?」
「!」

友達は興味深々といった様子で身を乗り出した。そんな友達に少し戸惑いながらも、私は友達の言った言葉をもう一度頭の中で繰り返す。
(キスをすような関係とは思えない、……)
確かにそうかもしれない。いや、そうだ。章吉は奥手以前にもともと恋をするようなタイプじゃないし、私も私で割と奥手だし。そもそも章吉とキスだなんてあまり考えたことがなかった。(それもそれでどうかと思う、けど…)

「キスはしたことないよ。そういうの考えたこともほとんどないし」
「やっぱり!」

(や、やっぱり、って)
「じゃあさ、しなよ!」
「へ?」
「もしかしたら鳴子君はなまえとキスしたいって思ってるかもしれないじゃない」
「い、いやそれは…」

多分というか、絶対、無いと思う。
心の中でそう否定して、私は苦笑する。しかしあまりにも友達がしつこく勧めてきたため、私は渋々友達のアドバイスを受け入れることにした。





「あのさ、章吉」
「ん?どないしたん、急に真剣な顔して」
「あ……ううん、その…」

 放課後、今日は章吉の部活が休みらしくて久しぶりに二人で下校していた。
私は何となく友達の「キスをするような関係とは思えない」という言葉が気がかりで、無意識のうちにいつもより真剣な顔で章吉に声を掛けてしまう。
章吉は首を傾げて私の言葉を待つが、私はどうにも上手い言葉が思いつかずに黙りこんでしまった。

(キスをするような関係じゃなかったら、なに?)
それってつまり、恋人っぽくないということだろうか。それとも、恋人っぽくは見えるけどそういうロマンチックな関係ではないということだろうか。頭の中で色んな考えが飛び交う中、辿り着いた考えは、"章吉は私に合わせてくれているだけなんじゃないのか"というものだった。
いつも二人で一緒にいるのも、章吉が私に構ってくれるのも、全部、もしかしたら章吉は私と恋人っぽいことをしたくて一緒にいるわけじゃないんじゃないのか。
(だとしたら…)結構、ショックだった。

「う、ううん、何でもないよ」

咄嗟にそう誤魔化して笑ったけど、鈍感な章吉は「さよか。やったらええんや」と笑う。
そんな章吉の笑顔を見て、私は、ほんの少しだけ不安になった。

(もし、もしも、本当に章吉が、)
私とキスをしたくないと思っていたら。


 どうしよう、まだそう決まったわけじゃないのに、すごく悲しい。そんなことを想いながらぐるぐると頭の中で"どうしよう"と繰り返す。
しばらくすると章吉が「そういや今日な、小野田くんが…」と口を開き、いつもみたいにペラペラと喋り始めた。しかし私はまだ章吉が喋っている途中なのにも関わらず、章吉の制服のネクタイを思いきり引っ張って距離を縮めた。そして、



「――!!」

 章吉の目が見開かれる。唇には柔らかい感触と、初めて感じた章吉の"温度"。


恋の味を教えよう
(私は章吉に、キスをした)



 20131112
続きます

お題サンクス 確かに恋だった