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 同じクラスの御堂筋くんは、よく分からない人だった。
いつも一人でいて他人とつるもうとしない、一匹狼という言葉が似合う人。私も御堂筋くんと会話をしたことが無いし、これから関わることもないと思っていた。それなのに、この状況はどういうことだろうか。

「あの、御堂筋、くん」
「何や」
「そこ…痛い、かも」
「ああ、せやな。赤くなっとる」

赤く腫れた私の腕を、御堂筋くんが痛いくらいに握っている。
さかのぼること、十分前。
 体育の時間にバレーをしていたら打ちどころが悪く、私は保健室行きとなった。せっかくバレーをやっていたのに途中で抜けることになってブルーな気持ちを隠せずに保健室へと続く廊下を歩いていると、ふいに窓から校庭がハッキリ見えることに気付く。
男子はソフトボールをやっているようだった。私は視力が良い方だから、今誰が打って、誰が投げて誰がキャッチしてるのか、ハッキリ顔まで認識できた。
 そこで、気付く。
(あ…)
本来ならそこにいるはずの御堂筋くんが、いない。ベンチを見ても、どこを見てもその姿は見当たらなかった。
まあ、きっとサボりだろう。御堂筋くんは、スポーツは自転車しか興味なさそうだから。それよりも早く保健室に行こう。私は歩く速さを少し上げて、保健室の前へと到着した。
 するとそこには、「出張中」と書かれたプレート。何だか今日はツイてないと思った。

(担任に頼もう…)
じんじんと痛む右腕を抑えながら、職員室へと足を進めた。すると、

(あ)
目の前からこちらに向かって歩いてくる、御堂筋くんの姿が視界に映った。

「……」
ただ無言でこちらを見つめてくる彼に、勇気を出して声をかけた。
「御堂筋くん」
「…何や。みょうじさんもサボりか?」
「え?あ、私はちょっと…腕、痛めちゃって」
「ふうん」

なんだかつまらなそうな顔で私の右腕を見つめた御堂筋くんが、表情筋をピクリとも動かさず、ただ目を細めて口を開く。
「腕、痛むん?」
「あ…ちょっと、だけ」
「鍵。あるんやけど」
「え?」

チャリン。
聞きなれた金属音が聞こえて、驚きながら彼の手元を見るとそこには何故か保健室の鍵が握られていた。

「…なんで?」
「先生にお願いしたんや。ちょぉっとだけ保健室で休ませてくれ、言うてな」
それで本当に鍵を渡した先生は誰だか知らないが不用心だ。まあ、私にとっては好都合だけど。
「今から保健室いくの?」
「そうやなかったら鍵かしてもらったりせえへんわ」
「そ、そうだよね…」
「みょうじさん」
「え?」

ぐいっ。いきなり腕を掴まれたかと思いきや、掴まれたのは右腕だった。

「い、たっ」
「…痛いん?」
「痛い、よ。離して?」
「保健室、入り。手当したるわ」
「え…?」
「二度も言わせんなや、はよう入れ」
「あ…うん、」

御堂筋くんが気だるそうに保健室のドアの鍵を開けて、中に入って行った。私もそれを追いかけて中に入る。
 病院みたいな、薬品の匂い。じわじわと鼻の奥までその匂いが広がってきて、思わず目元が歪んだ。臭いのか良い匂いなのかよく分からないけど、臭いに近い気がする。そんなことを思いながら近くの椅子に座ると、御堂筋くんが隣の椅子に座って私の右腕に触れた。

「、」
冷たい手。ひんやりしてて、まるで血が通っていないかのようだった。
私が唖然と御堂筋くんを見つめると、「何見とるん?」と嫌そうな顔をされてしまった。「なんでもない」とだけ返すと、いきなり右腕を掴まれて間抜けな声を零してしまう。
「いっ、」
「…腕、ほっそ」
「い、痛いよ…!」
ちょうど痛めた部分を強く擦られて、涙が滲んだ。なんてことをするんだ。
(御堂筋くんの、アホ。)
「離して…ねえ、ちょっと…!ッい、た」
「その顔、ええかも」
「っ、え…?」

ニタ、と気味悪く笑った御堂筋くんは、余計強く私の右腕を握る。
ひんやりとした感触を皮膚が感じ取って、気持ちいいんだけど、痛い。

「な、にしてんの…御堂筋くん、離してよ!」
「ここ、痛いん?」
「ッい、ったいに決まってるでしょ…」
「なあ。みょうじさん」
「な、に」

がたんと音を立てて御堂筋くんが立ちあがったと思いきや、いきなり御堂筋くんの顔がグッと近づいて、そのまま私の唇にキスをした。
「、え」
「君のこと、好きなんやけど」
突然の言葉に頭がぐらぐらした。
上手く脳内を整理できなくて、ぐちゃぐちゃなまま御堂筋くんを見上げる。私よりもずっと背の高い御堂筋くんは、見上げるだけで精いっぱい。
御堂筋くんの顔が、天井の蛍光灯と重なって、見てるだけで目がチカチカ痛んだ。逆光のせいで、御堂筋くんの表情が読み取れない。それがもどかしくて、むずむずする。

「…御堂筋、くん」
「これ、包帯」
「え…?」
トン、と頬に当たったのは、真っ白な包帯だった。ちゃんとしたケースに入った、綺麗なもの。私は御堂筋くんの手からそれを受け取って、見つめる。
「ちゃんと冷やして湿布貼って、それ巻いとき」
「あ…ありがとう」
「別に」
って言うか御堂筋くんがやってくれるんじゃなかったっけ?なんて疑問も浮かんだけど、今はこの優しさがちょっとだけ嬉しくて、それどころじゃなかった。
(保健室の先生、いなくて良かったかも)

気付けば頬が緩んでしまって、それを見た御堂筋くんが呆れたような声で言う。

「みょうじさん、そぉゆうアホ面するんか」
「え?あ、アホ面?」
「…ま、かわええと思うわ」
「、」

そう言って今度は頬にキスをされる。
バカみたいに真っ赤になった私の顔を見て、御堂筋くんは少しだけ笑ったように口を開いた。
「返事、待っとるから」
「え、あ…」
「明日。今日と同じ時間に、屋上来てや」
「…わ、分かった」

小さく頷くと、御堂筋くんは目を逸らしてから保健室を出て行った。
残された私は一人で頭を抱える。


痛んだ右腕が恋をした
(返事なんて聞かれても、ハイとしか言えない)


 20130603