bookshelf | ナノ
俺はみょうじとかいう奴がなんか気に食わなかった。みょうじは俺と同じクラスで学級委員をやっている女子だ。明るくて優しい(らしい)みょうじはもちろんクラスの人気者で、いつもみょうじの周りにはキャアキャアうるさい女子が纏わりついている。それが何か、ムカついた。よくわかんねーけど、みょうじは俺の好きなタイプじゃなかった
しかしある日、俺はみょうじと一緒に日直をやらされてしまうことになる。
今日の日直が欠席だったから担任の気まぐれで適当に選ばれた代理の日直が俺とみょうじ。どういう風の吹きまわしかと思ったが担任の選択に特に意味はないらしい。俺は渋々日誌を手にとって汚い字を紙に殴り書く。
「切原君の字って何か特徴的だね」
放課後。日誌を書くのに集中になっていた俺にみょうじはそんなことを言ってきた。俺は何言ってんだこいつと思いながら「そうか?」と素っ気なく返す。しかしみょうじはそんなの気にもせずに笑顔を浮かべた。
「私黒板の掃除やっとくから、切原君は日誌終わったら部活行っていいよ」
「!」
そこは普通、楽な日誌をやりたがるところじゃないのか?あまりにあっさりと面倒な黒板掃除を始めたみょうじに俺は少し呆気とする。そもそもみょうじのその身長じゃ黒板の上の方まで届きやしないだろうに。つま先立ちをして必死に黒板を消しているみょうじを見て、俺はため息を吐いた。
(めんどくせーやつ)
「ホラ貸せよやってやるから」
「えっ、あ、ありがとう切原君」
あえて"どういたしまして"など言わずにスルーしてやったのにみょうじはそんな嫌味にすら気付いていないようだ。全くこいつに関わると調子が狂う。俺はさっさと黒板を掃除して日誌を書いて部活に行こうと思った。
しかし不意に黒板消しを落としてしまい、宙を舞った黒板消しは白やら赤やら黄色やらの粉を撒き散らしてみょうじの頭に落下する。あ、やべー。やっちまった。
「…………わりィ…」
俺が小さく謝ると、みょうじはおかしそうに笑って「もう、気を付けてよね切原君」だなんて言ってのける。は?こいつマジで頭おかしいのか?そこは怒れよ。謝った俺が馬鹿みたいだ。
白くて小さな手が軽やかな手つきで頭に着いたチョークの粉を落としている。俺はそれを唖然と見つめていた。
「…どうしたの?」
「え、あ。いや」
何だか気まずくて目を逸らした。何かがおかしい。みょうじは面倒だから今すぐ帰りたいと今の今まで思っていたはずなのに。俺は胸の奥底から湧きあがってきた感情を抑えきれず、プッと小さな笑いを零した。しかしそれはすぐに大爆笑へと変わる。
「ぶはっ!お前、髪真っ白じゃねーか、ババアみてえ!」
あ、しまった。と思ったのも束の間、みょうじは小さく肩を震えて俯いた。やばい、怒らせた。というよりもババアと言われたのがショックで泣きだしたのだろうか。笑いを堪えながら焦った俺だったが、それはすぐにみょうじの笑い声により唖然とさせられる。
「あははっ、切原君の頭にも粉ついてる!」
「!」
そうやって笑いながら俺の頭に手を伸ばしたみょうじに、俺は釘付けになってしまっていた。
みょうじはおかしい。なんか変な奴だし、どこか抜けている気がする。これが天然というやつなのだろうか。俺はただ唖然としたまま、みょうじの手が自分の髪に触れたことにときめいてしまう。ハッと気付いた時にはもう遅かった。みょうじがくすりと小さく笑って、俺に照れ臭そうな笑顔を向ける。
「切原君、顔真っ赤だよ」
ああ、してやられた。こんな奴のことを可愛いなんて思ってしまうとは。
(心臓が高鳴る理由を、俺はその後知ることになる)
20140124
タイトルサンクス さよならの惑星