bookshelf | ナノ
教科書を広げてから十二分が過ぎた。私はちらりと時計を見て肩を落とす。すると向かいに座っている謙也がそんな私を見て苦笑した。

「手ぇ止めとらんで動かしや」
「だって、さっきから三十分は経ったと思ったのにまだ十二分って。絶対壊れてるよこの時計」
「んなわけあるかいな、先週買い換えたばっかやで」
「んーまあ冗談だけどね」
そうは言いつつも、ほんとに十二分しか経ってないだなんて私の体内時計は完全に壊れてる。私はまた肩を落としてペンを握った。
 前回のテストが返却され、私は悲鳴を上げた。五教科のうち、全て赤点。さすがに勉強をサボりすぎたか。しかし時すでに遅し。とりあえず私は暇そうにしていた謙也を捕まえ勉強を教えてもらうことにしたのだ。

「それにしてもなぁ、全教科赤点ってどないなっとんねん」
「全力です」
なんて決め顔してみたら、謙也が苦笑いで言う。

「全力で赤点って…ありえへんやろ」
謙也はそう言いながら教科に視線を移した。 私たちが現在使っている場所は、放課後の図書室。
図書室には元からあまり人がいないから私たちの貸し切り状態になっていた。だからこうして机に教科書やらノートをでかでかと広げることができる。

「やっぱ図書室って人少ないね」
「せやなぁ。ほら、手止まっとるで」
「もー、謙也のスパルタ。ちょっとくらい良いでしょー」
「せやかて、さっきからなんぼほど進んどるん?全然やろ」
「だって数学苦手…」
「なあ、」
「ん?」

ふと謙也が真剣な顔で言うものだから、私はノートから謙也の顔へと視線を移す。すると謙也は何やら言いにくそうな顔で続けた。
「前にな、クラスの奴に…白石と付き合うとるって…その、聞いたんやけど、」
「えっ?」
「それって、ほんまなん?」
「っそ、そんなわけないでしょ!それに私が好きなのは謙…っ、あ」
「?」

好きなのは謙也だと口を滑らせそうになって、慌てて塞いだ。謙也は首を傾げて不思議そうに私を見る。こんな時ばかりは、謙也が鈍感で良かったと思った。
 私はずっと前から謙也のことが好きで、だけど未だにこの想いを伝えられていない。むしろ伝える勇気すらないしタイミングも分からないし、諦めるしかないのだと思い込んでいた。だから私と白石が付き合うなんて有り得なくて、そんな噂を流した人物を恨んだ。

「何でもない!ほら、勉強勉強…」
私が引きつった笑顔でノートに視線を戻すと、急に謙也が私の腕を掴んだ。私は何が起こったのか頭を整理できずに謙也を見つめる。

「好きや」
「っ、え…」

謙也の真剣な表情に息が詰まる。テニスしてる時と同じ表情だ。目の前のものに正直で、真剣で。そんな謙也の顔を見たら、もう冗談だなんて思えなくなった。

「け、謙也…」
「ずっと前から好きやった。その、俺と…付き合うてくれへん?」
「っあ、えっと…わ、私も!」
「え?」
「私も、好き…!」

おそらく真っ赤になっているであろう顔で謙也を見つめた。謙也は目をぱちくりさせて私を見つめ返す。そんな状況が三秒くらい続くと、謙也がきょとんとした顔で私に言った。

「ほんまに…?」
「うん」
「…ほんま…、に?」
「何度も言わせないでよ、バカ謙――っ、わっ」

バカ謙也と言い終えた途端、強く抱き締められて間抜けな声を出してしまう。謙也は私の体を確かめるように強く強く私を抱きしめていた。密着した体から伝わる体温とか鼓動とか、全てが恥ずかしくて。それを紛らわそうとして抱き返せば、ちゅっと可愛い音を立ててキスされた。

「け、謙也…」
「好きや」
「っ…、私も好き」

もう一度好きと言った謙也の顔は、いつもより少し男らしく見えて何だか複雑で笑えた。私が薄く笑いを溢すと、謙也は少し強引に私の肩を掴んで唇を寄せてきた。
パンクしてしまいそうな思いで目を閉じる。謙也が小さく私の名前を呼んだ時だった。
私たちから目を逸らしてドアから顔を覗かせた図書委員の生徒が控え目に「あの、そろそろ図書室閉めるんで」と言ったと同時に私たちは慌てて帰る支度をする。
 図書室を出た後、羞恥で顔を赤くした謙也と目があってなぜか笑ってしまう。謙也は私の頬に手を添えて、優しく言った。

「続きは明日、邪魔が入らんとこでしよか」

その言葉にすら真っ赤になって何も言えなくなってしまう。そんなこと言われたら、明日が楽しみすぎて眠れなくなっちゃうじゃない。私が小声でそう言うと、謙也は勝ち誇ったような笑顔を浮かべながら私の耳元で囁いた。

「次は、邪魔が入ったとしても止めへんから」


 20130726
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