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「ダビデって意外と奥手だよね」
練習後の部室でサエさんがいきなりそんなことを言い出した。するとバネさんまでそれに乗っかって「そーいやみょうじとまだ続いてんのか?」なんて言い出す。みょうじ先輩は付き合って五ヶ月の俺の彼女であって、バネさんと同じクラスの三年生の先輩。みょうじ先輩はテニスを見るのが好きらしくて、よく俺に話し掛けてくれた。それからどうして付き合うことになったのかというのは多分お互いに好きになったからでありそれ以上の理由はないだろう。付き合い始めた次の日には部活中に噂が広まっていて非常に大変な思いをしたのを覚えている。

「どうせ女慣れしてねーダビデのことだからよ、もう別れたんじゃねえの?」
「や、普通に続いてるんスけど」
「え、本当に?」
サエさんが目を輝かせて問いかけてきた。俺が普通にハイと答えるとサエさんは「いやぁ、それなら良かった!ダビデが幸せなら俺も嬉しいよ!」なんてわけの分からない事を言う。バネさんは未だに驚いていた。

「じゃあさ、もうチューとかしたの?」
「ぶっ」
剣太郎がワクワクしたような表情でそんな事を言うものだから、つい顔が赤くなる。「してない」とだけ答えるとバネさんが「だよな!」と笑った。バ、バネさんはさっきから何なんだ。

「奥手なダビデにゃ無理だろうよ!」
「んなことないッス」
「じゃあしてこいよ、みょうじなら外で待ってるから」
「え?」
「さっきダビデはまだかって聞かれたんだけどよ、ダビデは忙しそうだって伝えたらじゃあ部室の外で待ってるって」
「そ、それ早く行って下さいよ!」

俺は急いで着替えを済ませて外に出た。サエさんが何やら「焦らずゆっくりね!ダビデ!」なんて言っていたけどあまり耳に入っていなかった。いまサエさん何て言ったんだ?って程度。
 少し大袈裟に部室のドアを開けるとみょうじ先輩が俺に気付いて笑顔で近寄って来た。

「天根君!」
「ま、待たせてすんません」
「ううん平気だよ、お疲れさま」
みょうじ先輩はにこりと笑ってそう言う。その綺麗な声に心臓が跳ねた。
「…みょうじ先輩、」
「ん?」
「あ、いや、何でもないっす」
 するとみょうじ先輩は首を傾げたけどまたすぐに笑って、「じゃあ帰ろうか」と言った。さっきサエさん達に言われたことが頭をよぎる。キスだのなんだのって、そんなの、

「…天根君?どうしたの?」
疲れちゃった?なんて聞いてきた先輩の声にハッとした。
「あ、いや。ちょっと考え事してて…」
「考え事?」
「ハイ」

みょうじ先輩は「そっか」と目を逸らす。その途端、さっきの剣太郎の言葉が頭に浮かんだ。

「じゃあさ、もうチューとかしたの?」

「っぶ」
「あ、天根君!?どうしたの?」
「い…いや、何でも…」

「じゃあしてこいよ」
あーうるさい。バネさんうるさいうるさい。

「天根く、」
「みょうじ先輩」
「っえ?」

ぎゅう。俺は咄嗟にみょうじ先輩の手を握って、そしてまた口を開く。みょうじ先輩の綺麗な瞳と視線が絡まった。

「し、下の名前で…呼んでも良い、すか」
「え?あ、…うん。いいよ」
ちょっと嬉しそうにして顔を赤らめた先輩に胸が締め付けられる。か、可愛い。
「なまえ先輩」
「なに?ヒカル君」
「!」
「ヒカル君だけじゃ不公平でしょ?ほら、ヒカル君。返事は?」
「…は、ハイ」

俺が返事を返すとなまえ先輩はにっこりと笑って俺の手を引く。自然と握られた手を強く握り返した。なまえ先輩の綺麗な髪が風に揺れて、俺は思わずなまえ先輩の手を引っ張って抱き寄せた。

「っえ、あ、…ヒカル君?どうし、
「好きっス」
「!」
「き、キスして良いスか…?」
「い、いきなりどうしたの?今までそんなこと、…言った事なかったのに、」

なまえ先輩も顔を真っ赤にした。羞恥からくるものなのか、その瞳は涙で潤んでいて、性欲なんて感じないと思っていたハズの自分が今まさにその立場にあることに気付いて、もう気持ちを押さえつける方法なんて忘れてしまった。

「なまえ先輩、すんません」
「っん、う…!」

初めて感じた唇は柔らかくて気持ち良くて、でもきっとそれは相手がなまえ先輩だからだと思う。他の女なんて興味ない。なまえ先輩だけがいれば良い。そんな想いとか、もうひらすたになまえ先輩のことで頭が一杯になって止まらなかった。

「あっ、ふぁ、んんっ、ひ、ヒカルく、っん」
「せんぱ、い…なまえ、センパイ」
「っ、ヒカル君!」
「!?おわっ、」

ぎゅう。唇を離したなまえ先輩がいきなり俺を抱きしめて、確かにハッキリと「好き!」と叫んだ。俺より何センチか小さいなまえ先輩の身長のせいで、俺がなまえ先輩を抱きしめると俺の体にすっぽり埋まってしまう。それが心地よくて俺は強く抱きしめた。

「っヒカル君、好き、大好き」
「俺は、もっと好きッス」
「じゃあ、愛してる」
なまえ先輩の小さな手が、俺の手を控えめに握る。そんな仕草さえもすごく可愛く感じて、俺は先輩の手の甲にキスをして言ってやった。

「だから、俺はもっと愛してんスよ」
これでサエさん達を見返せるだろうか。そんなことを思いながら、またなまえ先輩にキスをした。


 20130103