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 ひんやりと冷たい物が頬に当たった。思わず「きゃっ」とか可愛い声を出してみたけど、振り向いたそこに立っているのはお目当ての人ではなく生意気な後輩。
「なんだ財前君か」
「何や謙也さんかと思いました?」
「うん」
「あぁ。せやからあんな変な声」
「うるさいなあ」
「相変わらず気持ち悪いほど謙也さんのこと好きなんスね」
「財前君には謙也の魅力が分からないんだよ」
「ホンマ先輩キモイっすわ」

うわあ、ひどい。先輩に向かってキモイは言っちゃ駄目だよ。そうやって少し叱ってみても財前君は何の反応も見せずにスルーした。そんな後輩に呆れる暇もなく、手に持っているジュースを見つめる。先ほど私の頬に当たった缶ジュースだ。だけど、あれ?何となく疑問に思ったことを口に出してみる。

「財前君、オレンジジュースなんて飲むの」
すると財前君は何だか嫌な顔をした。え、私何かまずい事でも言ってしまったんだろうか。だけど財前君は何回か頭を掻いて、そしてオレンジジュースを私に差し出した。ただ無言で差し出してきたものだから受け取った方が良いのか、それとも何か他に意味があるのかよく分からなくて首を傾げれば深いため息を吐かれる。

「な、なんで溜め息つくの」
「先輩って、そないに鈍感な人でしたっけ」
「え?」
「まぁ良いっスわ。これ、あげます」
「いいの?」
「二度も言わせんな」

あ、タメ使った。そんなくだらない事を考えながらもちょっとだけ嬉しくてオレンジジュースを受け取る。力を入れて缶を開ければプシュッと良い音がなって思わず財前君と顔を見合わせた。

「…財前君は何も飲まないの?」
「別に」
「そっか。いただきます」
「あ、先輩待って」
「え」

ガシリと腕を掴まれて思わず手に込めた力が緩む。あ、と思った時にはもう遅くて。せっかくもらったオレンジジュースが、缶ごと地面に落下した。二人の間にしばらくの沈黙が流れながら、足元では橙色の液体が広がってく。そんな変な雰囲気をぶち破るようにして財前君は口を開いた。

「…あっちに、謙也さんおる」
「え?」

財前君が指差した方向に顔を回すと、いきなりぎゅうって抱き締められた。いよいよ取り返しのつかない空気になったところで、地面と目が合う。自分の靴と財前君の靴が橙色に染まっていることに気付いて慌てた。

「ざ、財前君、ちょっと待って!オレンジジュースが、」
「ちょお黙れ」
「っえ、」

キスをされたのだと気づいた時には、顔に熱が溜まって爆発してしまいそうだった。どうして、なんで財前君が。自分の唇に残る財前君の唇の感触が何だか変な感じで、恥かしいというよりは不思議な感じ。初めて体感した男の子の唇は、なんだか甘くもすっぱくもなくて。そんな事ばかり考えていたら不機嫌そうな財前君がこちらをじいっと見つめてきた。何だかもう頭が混乱してしまっている。

「財前君…?」
「アンタ、なんで好きでもあらへん奴にキスされて黙ってんねん」
「え?あ、えっと」
「謙也さんの事しか見てへんかったんでしょ。どうせ俺の気持ちにも気付かずに謙也さんだけ見とった、ホンマに最低やな自分」
「な、何それ!」
「アンタが好きや」
「っ」

信じられないくらい頭がグラッとした。そもそも財前君は人を好きになれたんだ?みたいな失礼な事を考えてから、また財前君を見つめる。やけに真剣なその瞳は、嘘をついているようには見えないしそれに財前君は決してそんな冗談を言う人じゃない。
じゃあ、じゃあ本当に?本当に財前君は私が好きなのか。そう確信して勝手に照れた。だって、何か、変だし。自分まで財前君のこと意識しちゃってるとか、決して信じたくなかった。期待だって、してなかったし。

「…あ、」
「え?」
「あそこ、謙也さんおりますわ」
「…嘘?」
「ホンマに」

財前君の言葉を信じて振り返ってみれば遠くも近くもないところに謙也が立っていて、隣には白石もいる。二人で何か楽しそうにしていて、さすが謙也は色んな人と仲が良くていつだって輝いてる。きらきらしてる星みたいで、スピードスターなんて大袈裟なあだ名だけど、あながち間違ってないんじゃないかってくらい、輝いて見えた。
それなのに、謙也が好きという気持ちと、今は財前君といたい気持ちが混ざって、なんでか少しだけ後の気持ちが強い。今は財前君がいる。

「…行かんのですか」
「いい」
「どないして」
「財前君がいるから」
「…それ、告白の返事っスか?せやったら嬉しいんですけど」
「まだ違うよ、あほ」
「アホはどっちやねん」
「うるさい」

いつも生意気な財前君に勝ちたくて、生意気になってみたらデコピンされた。「いてっ」とだらしない声を漏らすと、財前君はちょっとだけ嬉しそうに笑う。何でかと聞いてみれば思わぬ返事が返ってきた。

「アンタ、謙也さんとおる時は無理な笑顔つくって、無理に女らしくして、さっきやって俺とおるアンタなら「うわっ」とかだらしない声上げたくせに、謙也さんやと勘違いして変な声だして、なんや、もう、謙也さんとおる時のアンタ、嫌いっスわ」
「ざ、財前君、」
「ありのままの先輩が好きや」
「!」

ふわり。再び抱きしめられて、自然とあったかい気持ちになる。相手はあの生意気な後輩だっていうのに。また私はそんな後輩に負けてしまった。
ちょっとくやしいけど、でも、嬉しかったりして、自分の気持ちが整理できないでいるとまたキスされた。財前君のキスは何だか変な味がして、決してロマンチックなんてものじゃないけれど、だけど、でも好きな味だった。

「ねえ、もう一回キスして」
私が財前君を好きになるのは、きっと時間の問題だろう。こういう時だけは、敗けを認めても良いかななんて思ってみた。


 20121127
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