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「だから言ったのに」
ひどく悲しそうな声色だった。目の前にある深司の顔が、少しだけ遠くなる。私は何も言えずにただ深司を見つめていた。
 私がアキラを好きになったのは、去年のこと。いつも明るくて優しくて気遣いのできるアキラが杏ちゃんを好きだということは知っていた。だけど、それでも想いを伝えたくて、なんて乙女なら誰だって思うことなんじゃないのかな。だけどそんな気持ち以上に、フラれる恐怖感は多かった。そんな私の相談を聞いてくれていたのは深司で、そんな深司が私を好きだという噂は何回か聞いた。たぶん、勘だけど、きっと噂は間違ってないんだと思う。自惚れかもしれないけどそう思える出来事は何回かあった。
今日の昼休みに、私はアキラを呼び出した。鈍感なアキラはへらへらと笑いながら約束の場所に現れたけれど、私が好きだと伝えた瞬間に真面目な顔になった。
ずっと、知っていた。アキラは、優しいから。きっと真面目な顔をしているように見えて内心はすごく焦っている。好きでもない私に好きだと言われて、何て答えて良いのか分からなくて焦っているなんて全部お見通しだった。

「良いんだよ、振ってくれれば」
アキラは固まった。だけどすぐに口を開く。「それで、良いのかよ」なんて。ぐらりと頭痛がした。アキラのこんな顔を見るのは初めてだと思う。真剣な顔はいつもテニス中に見せているけれど、この顔は違う。特別なんだ。

「じゃあアキラはどうしてくれるの」
半分、八つ当たりだった。どうせ杏ちゃんのことしか見てないくせに。全くこの男は、私は、どこまで馬鹿なんだろう。きっとアキラだって私に気を使って使って使いまくって今の言葉を発しただろうに、それに怒ってどうするの。

「なまえのことは…そういう目では見れないけど、でも」
「良いよアキラ。本当のこと言ってほしい。嫌いなら、嫌いって」
「だから俺は別にお前が嫌いとかじゃなくて…!」
「っ、だったら…!!」
"私と、付き合ってよ。"
ただそれが、言えなくて。ギリギリと拳をつくった。俯くと涙がボロボロ溢れてきて、床を濡らす。アキラが一歩だけ、私に歩み寄った。だけどすぐに、離れてく。キッとアキラを睨むようにして見れば、アキラの肩が揺れた。だけど表情は、また、あの特別な顔。
一歩下がったアキラがまた一歩二歩と歩み寄ってきて、私の肩を強く掴んだ。

「ごめん、なまえ」

それは、何に対しての"ごめん"なんだろう。

「俺、上手く言えないけど…好きな子がいるんだ」
「知ってるよ」

杏ちゃんだよね。そう返せばアキラは図星な顔をする。アキラがこんな顔をする名前が、私の名前だったら良かったのに。そんな事を思いながら、ぎゅうっと目を瞑った。アキラの手が震えている。私の肩を掴む腕が、微かだけど、そう震えていた。そんなのも全部、全部が愛しくて。好きなのに、こんなに好きなのに。手を伸ばせば届く距離なのに、どうして何もかもが叶わないんだろう。私がアキラを好きな分、アキラだって杏ちゃんのことが好きなんだ。全部分かっていて、全部、ちゃんと納得したはずなのに。

「…ごめんな、なまえ」
「だから、良いんだよ。ねえアキラ、」

ちょっと強気に、笑ってみせた。涙だって溢れてきて、止まらないのに。アキラは最後に少し、涙目になった気がした。アキラを泣かせてしまう私なんて、最低だ。
「ずっと、好きだったよ」
ごめんねアキラ。



「なまえはそれで良かったの?」
「…だって、そうするしか…、なかったよ。」
「はあ」
深司は深くため息をついた。そして口癖の「嫌になるよなぁ」という言葉と共に、肩を掴まれる。あの時アキラに掴まれた肩は、深司に上書きされる。
「…な、何よ」
「今、なまえすごいビビったけど…神尾に何かされたの?」
「されてない。アキラはそんな人じゃない」
「そういうつもりで言ったんじゃないんだけど」
「…、分かってるよ。ごめん」
「なまえが素直だと気持ち悪い」
「っな、何…私の気持ちも知らないで、!」
「知ってるよ」
「!?」
ぐい。深司が私の胸倉をつかんで顔を寄せた。間近で見た深司の顔はすごく整っていて、それでいて綺麗で。クラスの友達は暗いだのクールだの言うけど、そこが深司の良いところ。深司はいつだって私の相談を乗ってくれた。私が告白をすると決めた時は、告白なんかしてもなまえが傷つくだけだよ、と私を心配してくれた。深司が最初に発した「だから言ったのに」というセリフは、深司の言った通り私が傷ついたから。だけど、だけど、

「…アキラ、傷ついた。私が、傷つけた」
「それは違うでしょ」
「違くない。だって私が、あんなこと」
「なまえ」
「っ、や、」
ぎゅう。強く抱きしめられて息が止まる。なんで。何で、深司。

「し、深司…!」
「俺は知ってたよ。なまえが俺の気持ちを知ってることも、知っててそれでも知らないフリしてたのも、相談する時はいつも俺の顔色をうかがいながら相談してたことも、全部知ってた」
「!」
深司が冷たく笑う。「好きだから、俺も知らないフリした。」その言葉が脳まで響く。深司の瞳は、何を考えているのか分からない。だから怖いはずなのに、それさえもが安心できた。深司は優しい。優しくて、弱い。私も、弱い。だけど私は優しくない。何なんだろう。どうして、私は深司にずっと相談してたんだろう。私が相談するたびに深司が傷ついてたこと知ってたはずなのに。

「…ごめ、…ごめん、深司」
「別に気にしてるわけじゃないけど。だってなまえは、神尾が好きなんだし」
「……深司、」
「ごめんならもう聞き飽きたよ」
「…ごめ、ん…」
「神尾のどこが良いんだよ」
「、」
ハッとして深司を見た。深司の目尻には、決して深司には似合わない涙が滲んでいて。心臓が痛いくらいに締め付けられた。ごめん、深司ごめん。いくら謝っても謝り切れない。私が深司を傷つけた。アキラも深司も、私のせいで傷ついた私は最低なんだ謝っても謝りきれないくらい。
 胸が痛くて気付けば泣いていた。深司はそっと私の頭を撫でる。

「神尾より、俺の方が良いのに。なまえのこと守ってやれるし、俺は神尾みたいに明るくも面白くもないけど、それでも、ずっとなまえの事が好きだった。」
 いつもの深司と違うようで、同じ。私は私で、深司は深司。だからこそ私の気持ちが変わるわけでもなく、深司の気持ちも変わらないのかな。けどそれじゃあ誰も幸せになれない。涙が止まらなかった。私達はただ、幸せになりたいだけであって、苦しみたいわけでも苦しませたいわけでもない。それなのにこの関係は、ただ私達を苦しめるだけであって。

「好きなんだ、なまえのことが」

それさえもが私の心臓を痛めてく。私に向けて伸ばされた手は、決して私に届く事はなくて。気付けば窓の外を綺麗な夕日が照らしていた。

「帰ろうか、深司」
こうして深司が笑って、私達はまた友達に戻る。


 20121107