bookshelf | ナノ
※性描写有り。ゲスな白石を許せる人向け。





 財前君と付き合い始めて、蔵ノ介とは関係を切った。それからは幸せな日々が続き、曇っていた私の心もだんだんと晴れていき、今日もいつものように二年のフロアまで財前君を迎えに行こうと教室を出た。携帯を取り出して財前君にメールを打とうと思ったその時、私が前を見ていなかったせいで前から歩いてきた人にぶつかってしまう。

「あ、ごめんなさ……、」
最後まで言い終える前に私は目を見開き目の前に立つ男を見つめる。それは久しぶりに見た蔵ノ介の姿だった。蔵ノ介は私を見て、すぐさま目を逸らす。二人とも何も言いださず、しかし去ろうとせずに突っ立ったまま何分か過ぎた。私はそんな空気に耐えられず逃げるように足を踏み出す。すると明らかに呼び止めるだけでなく何かを訴えるような程に強い力で腕を掴まれる。

「いっ、……く、らのすけ…?」
「なまえちょっとええか?」
「…ごめん、行かなきゃいけないから」
「!…財前か?」

ああ、蔵ノ介はもう知ってるんだ。私は振り返らずに、蔵ノ介に告げる。「もう私達、話す事なんて何もないよ」冷たく突き放したつもりだった。そうでもしないと私はちゃんと財前君を正面から好きになれないから。だけど蔵ノ介は今の言葉にも全く動じず、ギリギリと掴んだ腕に力を込めた。テニスで鍛えられたその握力に、私は思わず顔を歪めて振り返る。

「っ、…離して」
「ええなぁ、その顔。ゾクゾクするわ」
「やめて…もう私に関わらないで」
「好き言うたのはそっちやろが」
「、」

言い返せなかった。確かにそうだ。私から蔵ノ介に言い寄って、断られたからせめて身体だけでも、って。蔵ノ介の瞳は私を突き刺すようにして睨む。それに何も言えず、俯けば蔵ノ介は一歩私に近づいた。

「っは、離してよ…もう、やめようって、」
言ったのに。その言葉を遮るようにして蔵ノ介は私を抱きしめる。視界が歪んだ。ああ、何で。どうして蔵ノ介は一度フッた私を逃がしてくれないんだろう。公共の廊下で抱き締められたものだから、周りからは黄色い歓声なのかよく分からないけど冷やかしてくる声が聞こえた。

「蔵ノ介…!」
「好きや」
「!?」

何で…今更。私は気付けば自分が涙目になっている事に気付いた。蔵ノ介に腕を掴まれているせいで涙を拭えず、雫はボロボロと溢れだす。それに気づいたハズの蔵ノ介はそんなのお構い無しに口を開く。

「俺な、焦っとってん…。ホンマはなまえの事愛してんねんで、せやけどあの時は…一杯一杯になってもうてん…なまえが、身体だけでもええって言いはるから、俺…思わず、」
「や、やだ…財前君…!」
「!」
「っ…」

思わず口に出してしまった財前君の名前を、蔵ノ介は聞き逃さなかった。ギラリと光るようなその目つきが私を捉える。こんな蔵ノ介は、初めてみた。今までいろんな蔵ノ介を見てきたけど、こんなに冷たい目をした蔵ノ介は見た事が無かった。恐怖に体が震える。

「く…蔵ノ介、離し、っ」
「財前のとこになんか行かせへんわ」
グイッと腕を引っ張られてその場を離れる。しばらく歩いて連れて来られたのは滅多に人が寄らない校舎裏。ついに本格的な恐怖が私を襲った。目の前に立つ蔵ノ介はこちらを見ようともせず、ただ黙って動かない。すると、いきなりガシリと両肩を掴まれて後ろの壁に押し付けられる。

「いっ、や、やだ蔵ノ介…!!」
「渡さへんわ。なまえの処女貰ったのも俺やし、なまえに好きやて言われたんも俺や…財前なんかに、渡さへん…」
身体がつぶれてしまいそうな程に強い力で壁に押し付けられる。肩に爪を立てられて、さすがに痛い。だけど今はそれよりも目の前に広がる恐怖で頭が一杯だった。

「く、蔵ノ介…っ」
「なまえは俺のこと見てくれへんの?あんなに俺のこと好きや言うとったんに…そないにすぐ気移りしてまう程、俺への想いは軽かったんか?なあ、何か言えや」
「軽くなんてない…!だけど、だけど…っ、私は…」

口を強く紡いでから、蔵ノ介を見つめる。そしてハッキリとした意思で「私は財前君が好き」と言い放つ。ピクリと震えた蔵ノ介の口角は、次第に上へ上へと吊り上っていった。まるで何かを企みつつ、目の前の獲物に目をギラつかせた猛獣のような笑み。思わず足を一歩後ろにやろうと思ったが壁が邪魔して動けない。これは本格的にピンチだ、と。私の中の何かが恐怖に怯えながらそう言った気がした。

「…もうやめて」
「黙れ」
「こんなの、間違ってる…私も蔵ノ介も、これじゃあ幸せになんて…」
「黙れ言うてるやろ!!」
「ッ、く、くら、」
「もう我慢できへんっちゅー話や。…ええか?よう聞け」
「…や、やめ…っ」

 蔵ノ介は私の首筋を舐めながらニタリと笑って口を開く。気付けば涙が浮かんできて、抵抗しても逃げられないという現実に耐えきれず遂に雫がボロボロとだらしなく頬を滑り落ちた。ああ、どうして私は蔵ノ介を好きになったのだろうか。こんなことなら、こんなことなら…

「"コレ"が終わったら財前にこう言うんや。私は最低な女です、ってなぁ」
「…っ、やだ…やだ、蔵ノ介っ、」
「ホンマの事やろ?自分は俺とヤりたい言うて好きなだけ犯してもらったくせに俺を捨てて他の男に乗り換えた最低な女やんな」
「そ、それは…!」

ズキズキと心が痛む。こんなことなら、この男と出会わなければ良かった。小さい頃からずっと一緒にいた幼馴染が、昔は兄のような存在だった幼馴染がテニスを始めてどんどん恰好良くなっていって、そんな後ろ姿に私はずっと憧れていて。そんな過去さえも、今も、全部消えてなくなれば良かったんだ。涙が溢れて止まらない瞳が捉えた蔵ノ介の姿は、もう私の好きな幼馴染ではなくなっていて。消えたのは私が好きだった幼馴染の姿だった。

「なぁ自分、分かってんのか?」
「!」
スルリと服の中に入り込んできた冷たい手。肩をビクリと震わせれば蔵ノ介はニヒルに笑って「かわええなぁ、なまえ」と囁いた。それが気持ち悪くて、嫌で、苦しくて。頭に浮かぶのは財前君の姿だけだった。私が愛したいのは、蔵ノ介じゃなくて、

「ざ、ざいぜ…く、っ」
「抵抗したら財前にこの事バラしたるからな」
「やめ、っやめて、もうやめてよ蔵ノ介…!わた、しっ…私、何でもするから…何でもするから許して…っ、!」
ぎゅう。強い力で抱きしめられると、涙が止まった。上手く働かない頭がズキンズキンと痛みを訴える。
するといきなりスカートの中に手を入れられて、下着を奪われてしまった。「何でもする」その言葉を叫んでしまった事に酷く後悔する暇なんて無く、ボロボロと零れ落ちる涙を蔵ノ介はベロリと舐めとって微笑んだ。

「じっくり、いたぶったるからな」
「っや、やだ、やだやだやだぁ!!!」

そのまま腰を強く掴まれて気付けばズボンを脱いでいた蔵ノ介が自身を私に突き出してきた。顔が真っ青に染まるのが自分でも分かるくらい血の気が引く。あの時、シャワー室で身体を重ねた日のことがフラッシュバックして恐怖が頭を支配した。
 ぶるぶると震える私の身体を蔵ノ介は荒く壁に押し付けながら私の足を広げようとする。必死に抵抗しても、蔵ノ介はビクともしない。男女の差以前に、テニスで鍛えられたテニス部部長の力にはとてもかなわなかった。

「やめて…やめて蔵ノ介!!」
「もう遅いっちゅーねん」
「っひ、あ…あ、やだぁああああぁあぁぁっ!!!」

バチュン。ひどく胸に突き刺さる音。しかし痛みは無くて、そのままグイグイと奥まで入り込んでくるその威圧感に息が止まる。以前にも体験した感覚に、未だに慣れず呼吸困難に襲われた。そして激しく咳き込む私の喉を、蔵ノ介は両手で絞めつけた。

「っふ、ぁぐ…!」
「このまま殺せばなまえは俺のモンになるんやけどなぁ、それは勿体ないわ」
「や、あ…っは、ぁう」
「苦しいんか?なあなまえ」
「っ…!」

激しく腰を突き動かされて、思わず目をぎゅっと瞑った。この時はじめて感じた痛みに涙が止まる。涙を流す余裕なんて無いくらいの激痛は、この行為からくる物ではなくて。心の痛みの方が大きいのは、とっくに知っていた。それでも私は蔵ノ介を受け入れられなくて、必死に蔵ノ介の胸を叩く。

「あ、っあぁあ、や、やだ…っんン!あっ、ひ、ぁああっ」
「かわええなぁ…ホンマに、俺だけのモンにしてしまいたいわ」
「やだ、っや、だっ…!財前く、っン、財前君…!!」
「っこんな時までアイツかいな…」
「やぁあああ!!?や、そ、そこ…!!」
「!、ここがええんか?」
「あっあ、ぁや、やだぁああっ、待っ、やめ…!!」

敏感な部分を強く擦られて生理的な涙が溢れだした。ぐちゃぐちゃになってしまったであろう顔を見られたくなくて腕で隠せば蔵ノ介の腕が伸びてきた。
 怖い。この快楽に溺れてしまうのではないのかと。もうこの行為無しでは生きられない身体にされてしまいそうで、ひどく怖かった。蔵ノ介の表情が見れなくて、彼は今どんな表情で私を犯しているのだろうとか、そんな事を考えていた。

「っや…!!」
「くっ、出すわ…なまえ、しっかり受け取るんやで…?」
「!?う、そっ…や、やだ!!やめて、おねが…っ!」
「もう遅いっちゅー話や」
「やだぁああああぁぁああああああぁあぁあ!!!!」

 それは悲痛の叫びだった。全てが真っ暗になった気がして。
どぴゅう。熱い液体が子宮に注ぎ込まれるのを感じながら震えていれば、蔵ノ介は最低な笑顔で微笑んだ。

「…もう離さへん、こないに愛しいっちゅーんに後輩になんか渡すわけ無いわ」
「はぁっ、あ…ざい、ぜ…」
「……ホンマにムカつくなぁ。何で俺やなくて、財前なんや」

答えはしなかった。そんな私を見て蔵ノ介はますます苛立った表情で私の足を掴み、低い声でつぶやく。

「俺の所に走って来てくれへん足なんか、無駄や」
そして今度は私の腕、口、そして目を恍惚とした表情で見つめる。
「…俺を抱きしめてくれへん腕も、俺に愛してるって言うてくれへん口も、俺を見てくれへん目も…全部、無駄や。…なぁなまえ、」
「っ、」

眼球を抉るかのようにして私の目を親指と人差し指で挟んだ蔵ノ介が、笑顔でこう言った。

「無駄、多いで」

そんな彼を直視できずに、私は意識を失った。

 20120929