nanametta | ナノ
「はい如月君、これ」


 朝、私は一人で本を読んでいる如月君の机に120円を置いてそう言った。ちゃりんと音を立てた小銭に気付き如月君は驚いた表情で私に目をやる。

「ごめんね、本当は図書委員の時に渡そうかと思ったんだけど…忘れないうちに返しておきたくて」
「……これは?」
「ピーチティーのお金だよ」

ほら昨日買ってくれたでしょ、と説明すれば少し拍子抜けしたように本を閉じた如月君がぼやくように言った。

「…奢ったつもりだったんだが」
「いいから、受け取って」
「だがこれじゃあ礼の意味がないだろ」

一瞬如月君の言った「礼」が何のことか分からなかったが、すぐに図書委員二日目のことを思い出して私はぶんぶんと首を振る。

「だったらそれは昨日のでお互い様だよ」
そう言って軽く机を叩くと如月君はしばらく葛藤しているようだったが、諦めたのか渋々120円を自分の財布にしまってくれた。その表情が何とも言えなかったのはこの際触れないことにしよう。如月君は意外と押しに弱いのだと知った。

今日は朝から良いスタートだ。今日の放課後も何だか楽しみだと思った。
それなのに。







「名前、あんたマジで顔色悪いよ」
「そ、そんなことない」
「良いから早く保健室行きなって!」
「ほんと、大丈夫だから…!!」

休み時間になった途端に友達とそんなやり取りをしながら私は椅子にしがみ付いていた。

そう、あの後授業が始まってからすぐに頭痛がしてだんだん具合が悪くなってきたのである。正直とても体がだるくて辛いし、きっと熱があるのだろう。これは確実に、保健室に行ったら即「じゃあ帰りましょう〜」のパターンだ。今日も委員会があるんだからそうなってしまっては非常に困る。
熱があるとはいえ、授業だって何とか受けれたし我慢すれば大丈夫。それを必死に友達に伝えれば「ほんとに無理な時は我慢しちゃダメだからね」と強く念を押され、何とか保健室行きは免れたのだった。


「名前ってそんなに仕事熱心だったっけ」

そんなことを呟いた友達に「え?」と首を傾げれば彼女は少し含みのある顔で笑いながら言う。

「そんなに図書委員って大事なの?」
「! …だ……大事っていうか…」
「最初はあんなに嫌そうな顔で"最悪だ"って言ってたのに」

そう言われて私は少しびっくりしてしまった。
(そういえばそうだったっけ…)
まるで、心の中でそう呟いた私の心を読んだかのように友達は「自分でそう言ったこと忘れてたでしょ」と私の肩を軽く叩く。なぜか友達が随分とこの会話を楽しんでいるように見えた。

「あ、そういえばさ」
何かを思い出したのか、ずいっと私に顔を近付けた友達が興味深々な顔で言う。

「如月君とは仲良くなれた?」
「…!」

その時の友達の顔は、明らかに私の返事を分かり切っているようで。私が自惚れていないのであれば、あの時に比べて結構仲良くなれた…と思う。だけどそれを素直に友達に言うのは何だか癪だったため、ふいっと顔を背けながら

「すこしだけ」

と、そう答えた。顔に少しだけ熱が集まったのが自分でも分かって、すごく恥ずかしい。友達がそれに気付いているのかいないのかは分からないが、「楽しそうで何よりだ」と笑われてしまった。



 20140124