nanametta | ナノ
 放課後になると私はもう慣れた足取りで図書室へと向かう。
今日は図書室に何人来ているだろうとか、何冊借りられているだろうとか、今までは気にも留めなかったようなことを考えて図書室のドアを開けた。まだ如月君は来ていないようだ。


とりあえず中に入り先に仕事を始めようと思ったら、そこにはすでに私と同じ図書委員であろう男の先輩がいて思わず「あ」と声を漏らしてしまう。するとそれに気付いたのか、先輩は持っていた本から私へと視線をずらした。

「あーもしかして今週の担当の子?」
「は、はい」
「ごめんね、今ちょっと次の授業で使う辞書探しててさ。見つけたらすぐ出てくから」

先輩はそれからしばらく積み重ねられた本や本棚を見て回っていたが、すぐに辞書を見つけたらしく「あったあった」と私に報告してきた。

「見つかったんですか?」
「おう、あんま時間掛かんなかったし助かったわ」
「なら良かったです」

とりあえず手短に会話を済ませようと愛想笑いで返せば先輩は貸出カードに記入をしながらまた口を開く。

「そういえば君、名前何だっけ」
「あ、えっと…名字です」
「へー名字さんか。本好きなの?」
「いやそういうわけでは…」
「じゃあ何で図書委員に?」
「委員会決めの時にじゃんけんで負けてしまって」
「はは、じゃあ俺と一緒だわ」
「! そうなんですか?」
「そうそう、俺じゃんけん弱くてさー」

困ったように笑いながら貸出カードを当番である私に渡した。そしてすぐに図書委員を出て行くかと思いきや、どういうわけか近くにあった椅子に腰かけてその後も長々と私に話しかけてきたのだ。
もともと上級生と話すのが苦手な私にとってこの状況は正直かなり困るし、ここが図書室だというにも関わらず彼は普通の声で延々と喋り続けている。何分かすると如月君が図書室に入ってきたが、先輩の話相手になっている私にちらりと目をやると何事もなかったかのように自分の仕事に取りかかった。
(すごいスルースキル……)

如月君が頼みの綱だったわけではないが、"仕事をサボって男の先輩と雑談している"という勘違いをされてしまったかもしれない。仕事をサボってしまっているのは間違ってはいないのだが相手は先輩なため「早く出て行って下さい」なんて言えるわけがなかった。

(仕事しなきゃいけないんだけどな…)

如月君は一人で黙々と仕事をしているし、先輩のマシンガントークは止まらないし。困ってあたふたしていると、先輩が急に手を握ってきて私は思わず体を強張らせる。

「え、あ、あの……?」
「俺名字さんと話すのめっちゃ楽しいわ」
「そ…そうですか?」
「良い機会だしさー、メアド教えてよ」
「…えっと……」

きっと楽しいのは先輩だけだし、メアドだってあまり教えたいとは思わない。というかどうして手を握られたのかも分からないから早くその手を離してほしい。嫌な気持ちがどんどん私の中で膨らんで、どうして良いのか分からなかった。あまりにホイホイ進む先輩のペースに付いていけずにいると、突然

「先輩」

と如月君の声が聞こえて私も先輩もびっくりしたように口を閉じる。さっきまであっちの方で本の整理をしていた如月君の手には、一冊の本が握られていて。

「この本の場所、分かりますか」
「あー……それは確か…」

一瞬だけ嫌そうな顔をした先輩は、頭をかきながら如月君から本を受け取る。気付けばずっと私の隣から動かなかった先輩は如月君を連れて向こうへと去って行った。私はそれを見て、ほっと胸を撫で下ろす。まだ何ひとつ仕事をしていないのにも関わらず、結構な疲労感に襲われた。やっぱり上級生と話すのはあまり得意ではないようだ。



それにしても。
先輩と話している如月君を見て思ったのだが…
(あの本…初日に如月君が私の代わりに本棚に戻してくれた本じゃなかったっけ…?)
それが気になって二人を見ていると、やっぱり先輩はあの時と同じ場所に本を戻していた。ということは、如月君は先輩に聞かずとも本の場所が分かっていたのではないだろうか。
本の整理をしながらそんなことを一人でもんもんと考えていると、ひとつの可能性が頭に浮かぶ。
(…もしかして如月君、)

私のこと、助けてくれたのかな。






 やっとのことで仕事も終わり、今日は私と如月君の二人で図書室の鍵を閉めた。特にこれといった会話は無く、私は鞄を背負い直しながら如月君に言う。

「じゃあ、今日は私が鍵返しとくね」

しかし如月君が「分かった」と頷くことはなく、あろうことか持っていた鍵を奪われてしまった。
「もう暗くなってきたから君は早く帰れ」
とても無愛想な表情だったが、彼は私を気遣ってくれているらしい。それなら、とお言葉に甘えようかとも思ったものの、それは何だか納得いかなくて。たった今如月君がしたように私も彼の手から鍵を奪えば驚いたような視線が向けられた。

「いいよ、私がやるから」
「…女子に任せて一人で帰れと言われて頷くわけがないだろう」
「だってさっき助けてもらったし」
「! べ、別に助けたつもりは…」

その口ぶりからして、やはりさっきのは私を助けてくれたのだと確信する。それと同時に嬉しくなって思わず頬を緩めてしまった。何がおかしいんだと言わんばかりの顔で私を見る如月君に、私は笑顔を浮かべたまま「ありがとう」と伝えた。如月君は照れ臭そうに眼鏡に触れる。

「…礼を言われる程のことはしていない」
「うん、でも、ありがとう」

めげずにもう一度お礼を言えば、如月君は何も言わずに私から顔を背けた。すごく照れているように見えたけど気のせいかもしれない。

それからすぐに如月君は私からまた鍵を奪って歩き出した。私はそんな如月君を見つめてから、急いでその背中を追う。ついて来るなと言われなかったから、結局職員室まで二人で行くことになってしまった。というか最初からこうすれば良かったのか。

話す時や一緒に歩く時、やっぱり私たちの間にはぎこちない距離があったが私はそれでも十分に嬉しかった。そうだ、明日にでもちゃんとピーチティーのお金を返そう。そんなことを考えながら私は如月君と一緒に学校を出る。バイバイまた明日ねと笑顔で手を振れば、如月君もまんざらではない表情を見せてくれた。

 時計を見ればもう結構な時間だったが、図書委員もなかなか悪くないかもしれない。そう思える三日目だった。


20150111
20150123 修正