nanametta | ナノ
「昨日、どうだった?図書委員の仕事」


 翌日の昼休みに、友達が少し興味ありげな顔でそんなことを聞いてきた。
私は思わず手を止めて友達に目をやる。(どうだった、って……)

「そりゃもう………最悪、っていうか…」

ぼそぼそと独り言のように呟けば友達は聞き取れなかったのか、不思議そうな顔で「え?」と首を傾げた。だからもう一度繰り返して言おうと思ったのだが、友達は私と如月君のことではなく図書委員の仕事のことを聞いているんだろうな、と思い直し苦笑いで「まあまあだったよ」と答える。

「そうじゃなくて」
「え?」
「一緒に仕事したってことは如月君と話したんだよね。どうだった?」
「そ、そっちの方ですか……」

どうやら違かったらしい。せっかく飲み込んだ言葉だったが、うーんと悩んだ末にまた先ほどと同じことを口にした。

「最悪…だったかな」
「は?」
「なんか、ちょっと、気まずくなっちゃって」
「気まずくって…如月君と?」
「……うん」

とりあえず仲良くなれそうにないということは分かったが、そもそも仲良くなれるという淡い期待すらほとんど抱いていなかった。だけどやっぱり人に嫌われるというか、それに近い対応をされたことはショックだし、これから一年間、毎日ではないが如月君と二人で仕事をする機会が少なくないということを考えると気が重くなる。
(あの時、話しかけなければなぁ……)
嫌われているならいつ話しかけたってどうせ同じ結果になっていただろうけど、せめて初日くらいは何事もなく終わりたかった。

私が何とも言えない声を漏らせば、友達は慰めるようにして肩をぽんと叩く。

「まあ、何があったのかは知らないけど元気出しなって。馬が合わないというか気が合わない人ってそこらじゅうにいるもんだよ」
「…そうだよね……」
「そうそう。これから仲良くなれるかもしれないし、なれなかったとしてもそれは如月君がそういう類の人だったってだけで名前は悪くないからさ」
「…うん、ありがとう」
「今日も仕事頑張ってね」

あまりにナイスなアドバイスに気持ちが少しだけ軽くなる。私は今度こそ笑顔でお弁当にありつくことができた。








 そんなこんなで図書委員二日目。私は昨日と同じように図書室へと向かった。
人の少ない廊下を歩き図書室に辿り着くと、どうやら如月君はもう来ているらしい。私は小さく深呼吸をして、ドアを開ける。
ガラリと響いた音に気付いたのか如月君と目が合った。しかし何か会話をすることはなく、昨日先輩に教わった通り貸し出し表を確認してから返却された本を元の場所に戻す作業を始める。

今日は昨日と同じ失敗をしないように前もって脚立の場所を担当の先生に聞いてきたから、如月君と言葉を交わすことはないかもしれない。そんなことを考えながら作業を終え、暇つぶしに読む本を探していた時だった。

「ねえ、この本借りたいんだけど良いかしら?」

どこからか声が聞こえたためその声の主を探してみると、如月君が女子生徒に話しかけられているようだ。口ぶりと態度からしておそらく先輩だろう。私は何事もなかったかのようにそのまま本に視線を戻そうとしたのだが。
(……、…なんか…)

 何か、変だった。
如月君は昨日私に見せたのと同じような顔をして、明らかに戸惑っているように見える。不思議そうな顔をした先輩が「具合でも悪いの?」とでも言いたげに如月君の顔に手を伸ばしたと同時に、如月君は彼女の手から逃げるように距離を取った。
私はそれが見てられなくて、思わず二人のもとに駆け寄る。

「あ、あの」
「!」
「貸し出しの受け付けなら、えっと、私がやります」
「そう?ありがとう」

心配そうに如月君を見ていた先輩が私に笑い掛けながら貸し出し表に名前を書いてくれた。貸し出し期間の説明をしてから本を渡すと、やはり如月君の態度が気になったのか「あの子、大丈夫?」と口にする。

「あ……具合が悪いらしくて…後で保健室に連れていくので、大丈夫です」

控えめな笑顔でそう言うと先輩も納得したらしく、そっかと頷いて図書室から出て行った。私はふう、と息を吐いてから如月君に視線をやる。本当に具合が悪いのかどうかはさておき、さっきの様子を見た限りでは大丈夫には思えない。


(………あれ…?)

ふと、考えていて気付いたことがあった。如月君は確かにあまり人と慣れ合うような人じゃないけれど、同じクラスの男子と普通に話しているのは何度か見たことがある。たとえそれが業務連絡だとかそういうのだったとしても、彼は普通の顔で普通に対応していた。それなのにどうして私や今の先輩にはあんな態度を取ったのだろう。

(…もしかして、如月君って……)

心の中でそこまで口にした時だった。


「名字」
「え」

先ほどよりは落ち着いた如月君が声を掛けてきて思わず間抜けな声が出てしまう。如月君は眼鏡に触れてから、気まずそうに視線を泳がせている。私と如月君の間にあるわざとらしい1.5メートルが、私の予想をさらに確信に近づけた。

「……手間を掛けさせて、悪かった」
「あ、う、ううん、大丈夫…だけど……」

言い掛けてやめようかと思ったが、やっぱり気になってしまって私は如月君を見つめて問い掛ける。

「如月君って、女の子とか…苦手なの?」
「!!」


(あっ、これは……)


 図星だ。


 20141221