nanametta | ナノ
 放課後三時半まであと五分。私は一人で図書室の壁に寄りかかり、如月君が来るのを待っていた。



遡ること数時間前。
私は必死に図書委員を代わってくれる女の子を探していたのだが見つからず、何だかもうめんどくさくなってしまって吹っ切れた。じゃんけんに負けた自分を呪おう。私が負けなければ他の誰かがやる羽目になっていたんだから、これ以上にない人助けだと。そう自分に言い聞かせて現実を受け入れたのだ。

仕事開始まで五分を切った。時間には厳しそうな人だけど五分前行動はしないらしい。あ、でもさっき先生に呼ばれていたのを見たから今日は来れないのかもしれない。それは逆に好都合だけど今後のことを考えると初めての仕事くらいはきちんと二人でこなしておきたい気持ちもあった。
(あれ?そういえば如月君だけじゃなくて私以外まだ誰も来てないんだけど……)

「あの…今日の仕事って私たちだけですか?」

すぐさま近くにいた図書委員の先輩(おそらく私たちに仕事を教えてくれる人)に聞いてみれば、優しい口調で教えてくれた。

「ああ、毎週順番でひとクラスずつやっていくんだよ。だから今週は1組の君たちで、来週からは2組の人たち。ちなみに俺は下級生に仕事を教えるってだけで本来なら当番じゃないから明日からはいないけど、仕事の内容は今日でしっかり教えるから安心してね」
「あ、ありがとうございます」
少し大げさに頭を下げてお礼を言うと、ガラリと音を立ててドアが開いた。



「すみません、遅れました」

安定感のある低音は、どうやら如月君の声らしい。初めて聞いたわけではないはずだが、あまり聞き慣れていないので少しびっくりしてしまった。すると先輩はすぐに
「大丈夫だよ。それじゃあ説明始めるか」
と言って積み重なった本に手を伸ばす。長い長い図書委員の仕事が始まった。







あれがこうで、これがああで、こっちはこう。
かれこれ三十分くらい先輩の分かりやすい説明が続き、決して頭が良いわけではない私にも内容はすぐに理解ができた。難しい作業は三年生がやることになっているらしく、そうやって考えてみると図書委員は実は飛び抜けて嫌な仕事ではないのかもしれない。

頭の良い如月君はちらほら的確な質問を挟みながら先輩に話を聞いていた。そんな如月君をちらりと見ては、やっぱり堅そうな人だな、と視線をずらす。


「それじゃあ説明は以上だから俺は帰るけど、もし分からないことがあったら職員室に居る担当の先生を呼んでくれれば良いよ」

そう言って帰る準備を済ませた先輩に私たちは「ありがとうございました」と伝え、早速自分たちで仕事に取り掛かる。

 シンと静まり返った図書室に響くのは時計の音と小さな物音だけ。いつもどれくらい人が来ているのかは知らないが、今日に限って来室者がゼロなのは勘弁してほしい。ガリ勉っぽい人が一人くらい来てくれても良いのではないだろうか。

しばらくお互いに黙々と作業を進めながら本棚の整理をしていた時だった。
返却された本を本棚に戻そうとしたのだが、どうやらこれは一番上の段にしまう本のようだ。しかし私の身長では一番上まで手が届くわけもなく、脚立を使おうにも場所が分からずで戸惑ってしまう。
(ど、どうしよう……)

眉間にしわを寄せながら考えていると、ふと如月君が視界の端に映った。そうだった。一緒に仕事してたんだった。


「……あ、あの、如月君」
「!」

できるだけ静かな声で呼んだつもりだったが、予想以上にびびられてしまった。
如月君は大きく肩を揺らしてから、その珍しい形をした眼鏡越しに私を見る。(あ………) 初めて目が合った。

「な、……何だ」
「えっと、これ…一番上の段、手が届かなくて」
「……」
「下の段のやつ、全部私がやるから……上の段だけ、お願いしても
「全部僕がやる」
「え?」
「残りの仕事は僕がやっておくから、もう名字は帰れ」
「は、はい……?」

如月君の言っている意味が分からなくて、というよりは理解ができなくて動揺していると如月君はバツの悪そうな顔をしてから私に近付き、素早い手つきで本を奪ってそのまま本棚にしまってくれた。

「あ……ありがとう」
「……別に」
「? 如月君、なんか顔色悪いけど、具合でも……」

悪いの?と言って如月君の顔を覗き込もうとした時だった。
急に如月君が私から距離をとり、少し青くなっている顔を片手で覆ってしまったのだ。突然のことに私はびっくりして声すら出ない。

「え、あ……あの……」

何かいけなかっただろうか。顔を見られたくなかったのだろうか。そもそも、如月君さっき私に帰れって言ったよね。あれ、もしかして私、如月君に嫌われているのだろうか。そう考えるとだんだんショックを感じてきてしまって私も思わず俯いた。

「……ご、ごめんなさい」



 私はそれ以上何も言わなかったし、如月君もそれ以上何も言わなかったから、結局お互いにどうするわけでもなく淡々と仕事を済ませて図書室を出た。鍵は私が返しておくと言ったのに、如月君はまた何も言わずにさっさと職員室へ鍵を持って行ってしまう。

「…、………」

こんなことになるなら如月君に話しかけるんじゃなかった。そんなことを考えながら彼の背中を見つめる。
図書委員初日は、最悪の雰囲気のまま幕を閉じた。


 201412220