sinkaron | ナノ
 午前授業を終えて食堂へ向かう途中、たまたま出久君に会った。
出久君は私に気付くと明るい表情で「名前ちゃん!」と駆け寄ってきてくれたのに対して私は今朝のことが気がかりで気分が上がらず、無理な笑顔を浮かべながら挨拶を返す。私の目の前で足を止めた出久君は、いつもと変わらない笑顔で言った。

「名前ちゃん、もしかしてこれから食堂?」
「あ…うん、そうだよ」
「それじゃあ…い、一緒に行かない?」

恥ずかしそうに視線を逸らした出久君に「良いよ」と言って頷こうとした時、不意にフラッシュバックのように今朝のできごとが頭に浮かんだ。誰が盗ったのかも、どこからカメラを向けていたのかも分からない気味の悪い一枚の写真。せっかくの笑顔も喜びも、あの写真のせいで一気に不安の種となってしまった。
すると一瞬黙った私を見た出久君が焦ったように肩を上げながら
「い、嫌なら良いんだ、ごめん急に変なこと言って…!」
と言うものだから私は一気に我に返り、慌てて首を横に振る。

「ううん全然!嫌じゃないよ、一緒に行こう!」

私のその言葉を聞いて、少しがっかりそうにしていた出久君がばっと顔を上げて私を見た。安心したようにありがとうと言って笑ったその顔に、私も釣られて笑顔を浮かべる。

「ごめんね、なんかボーっとしちゃって…」
さっきの妙な間を誤魔化そうと苦笑しながらそう言いかけた私に、出久君が少し心配したような視線を向けた。私の目元をじっと見つめるその視線が気になって「出久君?」と首を傾げると、出久君は少し言いにくそうに口を開く。

「……名前ちゃん、もしかして昨日、寝てない?」
「!!」

ぴたりと足が止まって、私は目を見開いた。

「なんで…?」
「あ、いや…何かすごくしんどそうな顔してるから…」

僕の勘違いかもしれないけど、と続けてそう言った出久君に私は思わず言葉を失くしてしまう。
 実際、出久君の言ったことは当たっていた。写真の送り主が誰なのか、あの手紙の意味は何だったのかずっと考え悩み続けて気付けば朝になっていたのだ。朝鏡を見た時は隈も付いていなかったし顔もそんなにひどくなかったから安心していたのだけれど、どうやら自分でも気付かないうちにひどい顔をしていたらしい。
私はスッと出久君から目を逸らして小さく呟く。

「昨日はちょっと調子が悪くてなかなか寝付けなかっただけだから…もう大丈夫だよ」
「…本当?」
「! ほ、…本当だよ」

少しムキになりながら出久君に目をやれば、思いきり目が合って私は何故かまた目を逸らしてしまう。嘘を付くことはそれほど下手ではないはずなのに、いちいち瞼の裏に現れる昨日の記憶に目が泳ぐ。出久君はそんな私を見てしばらく黙っていたけど、すぐに真剣な口調で口を開いた。

「困ったことがあるなら…その、僕で良ければ助けになるよ」
「………」

あまりに優しいその言葉に、私は唇を噛み締める。

ただ自分の写真がロッカーに入れられていただけ、他に何もされてないんだからただの気まぐれな嫌がらせに違いない。こんなことで人に頼るほど自分は弱い人間ではないはずだ。私は強くそう自分に言い聞かせ、出久君に明るい笑顔を向けた。

「大丈夫、何もないよ」
「…そう?」
「うん!」
「そっか、それなら良いんだ」

いつもと同じ笑顔に安心したのか出久君はやっと私の言葉を信じてくれた。ほっとしたような表情を見て、私はつくづく出久君の優しさに嬉しくなる。
(…変わってないなぁ)
その笑顔も、性格も昔のままだ。そんなことを考えていくうちに私の心はほんの少しだけ軽くなって、自然と足も動き出した。


「ありがとう出久君」
「ううん、どういたしまして」

そうして私たちは二人で笑い合いながら食堂へと向かう。どうでも良い話や思わず笑ってしまうような話をしながら、ふと出久君が私の歩幅に合わせてくれていることに気付いた。出久君の彼女になる女の子は幸せ者だなあなんてぼんやりと思いながら、いつの間にか私たちは食堂に辿り着く。結局お昼も一緒に食べたけれど、やっぱり出久君との時間は楽しくて気付けば写真のことはもう思い出さなくなっていた。


20150222