sinkaron | ナノ
 今日もこの前と同じように友達と皆で食堂に行き、雑談をして笑いながら教室に戻った時のことだった。いつもは昼休みに教室に居るはずのない担任が何故か今日は資料のようなものを抱えながら教室から出てきたのだ。
先生は私を見るとまるで「丁度良かった」と言わんばかりの顔で声を掛けてくる。

「名字、暇ならこれを資料室に持って行ってくれないか」
「え」
「悪いなー先生このあと急いで職員室に行かなきゃならないんだ」
「あ、いや私は…」
「それじゃ頼んだぞ!」

ぽんぽんと頭を叩かれたかと思いきや担任は持っていた資料を私に無理矢理持たせて職員室の方へと走って行ってしまった。だんだんと小さくなる担任の背中を見つめながら、私は重たく息を吐き出す。
(……しょうがない…)
運とタイミングが悪かったのだと諦めて資料を持ち直し、資料室に向かうため足を進めた。





 片手を伸ばしてドアを開ければ資料室の独特な匂いが鼻をほのかに刺激する。中に入ればそこにはずらりと本やらファイルやらが並べられていて何だか堅苦しい部屋だ。押し付けられた資料の詳しい置き場所を聞いていなかったため、資料室の一番大きな机の上に適当に置いて私はそそくさと廊下に出た。
ぴしゃ、と控えめに音を立ててドアを閉めればどこからか生徒たちの騒ぐ声が聞こえてくる。(そっか、今…昼休みだっけ) チャイムが鳴らないうちに早く教室に戻ろうと思い私は早足で廊下を歩いた。


 きちんと掃除されているであろう廊下をしばらく歩いていると、向こうの方から歩いてくる人物に気付く。最初は遠目だったしじっくり見ていたわけでもなかったからそれが誰か分からなかったが、次第に近付いてくるその人物の正体に気付いた私は心の中でうっと声にならない悲鳴を上げた。無意識のうちに視線が下がり、"彼"と目を合わせまいと本能が脳に命令した。が、しかし。


「………おい」


擦れ違う寸前に浴びせられた声。機嫌が悪いのかその声は"前に聞いた時"よりも低く、ドスの効いたものだった。
私は飛び出しそうになる心臓を抑えつけるように息を止めて、声の主へと恐る恐る視線を送る。

「…な、なに…?」

そこに立っていたのは、見間違えるはずがないお隣さんの彼だった。見た目がもう"不良です"と言っているに等しいし何よりその悪すぎる目付きを何とかしてほしい。彼はジッと私を睨むように見つめながら(っていうか絶対睨んでる)イラついた口調で言った。

「何で雄英来てんだよ」
「!」

それはただの疑問か、それとも罵倒か。どちらの意味で受け取れば良いのか分からないがきっと彼のことだから後者だろう。
「え、あ…」
そんなこと言われても、と心の中で続けながら視線をずらせば彼はそれが気に入らなかったのかチッと舌打ちを零して頭を掻いた。何がヒーロー科だ。どこからどう見ても不良である。

「ふ、普通科なら私でも入れるって…中学の先生に言われた、から」
「……あぁ?」

彼は私の返事を聞くや否や、急に目を丸くして驚いたような表情を見せた。と言ってもそんなに大袈裟なものではないが、どうやら結構驚いているらしく。

「…お前、普通科って……」
怒っているのか戸惑っているのかどっちとも取れる声色でそう言い掛けた彼の声は、次第に小さくなっていった。

「何で…」
「え?」
「チッ、何も言ってねぇっつの!!」

ただ単に聞こえなかったから聞き返しただけだというのに今度は怒鳴られてしまった。私がびくりと肩を揺らして眉間に皺を寄せると、それを見た彼はバツの悪そうな顔を浮かべて一歩私から距離を取る。
どうして声を掛けられたのかも、どうして雄英に来た理由を聞かれたのかも、どうして怒鳴られたのかも分からない。挙句の果てにこの空気。今の気持ちを一言で表すなら"最悪"が最もそれに等しいだろう。それより早く教室に戻りたい。そう思った私が「もう戻って良いか」と彼に伝えようとした時だった。


「あの、私
「サポート科じゃないのかよ」
「……――え…」


彼の言った意味をすぐに理解することができなかった。
(サポート科?なんで?私が?)
しばらく考えてみても彼の本意を知ることはできず、呆然と彼を見上げる私に彼は何か言いたそうな顔をしていたが結局何も言わずにその場を去って行く。それでも私の耳には彼の言った「サポート科」という単語がこびり付いてしまっていて。取り残された廊下で一人、何度も何度もその言葉の意味を考え巡った。


20150214