sinkaron | ナノ
 それは夜の十一時を回った頃のこと。
寝る準備を済ませて自分の部屋に入ると何だか空気が籠っているような気がしたから、久しぶりに空気の入れ替えでもしようかと思ったのだ。しかし空気を入れ替えるためにはまず窓を開けなければならない。私の視線の先にあるカーテンの更に向こうには、きっとおそらく絶対彼の部屋の窓がある。それを思い出して私はカーテンを開けようと伸ばした手をぐっと引っ込めた。
今までと今は少し違う。私は少しだけだけど彼と普通に喋れるようになった。だけどやっぱり長年締めきっていたカーテンを開けるのには躊躇してしまうものだ。そんなことをもんもんと考えていたが、ついに部屋に籠った空気に耐えきれず私は軽く音を立ててカーテンを開けた。
その直後、私は声すら出せずに硬直することになる。




「………あ」


タイミングが悪かった。
一メートルほど向こうに見える彼の顔に私は思わず目を丸くする。彼も同じように驚いたような表情で私を見つめた。どうやら彼は私と逆で、カーテンを閉めようとしていたらしい。彼はしばらく私を見つめた後、きっとすごく間抜けな表情をしているであろう私から目を逸らす。カーテンを掴む彼の手がするりと窓に移ったかと思えば、ガラガラと音を立てて彼が窓を開けたのだ。
(えっ開けるの…!?)
そう心の中で叫んだと同時に彼が私に向けて何かを言ったが、私の方の窓が閉まっていたため聞き取れず、私も慌てて窓を開けた。

「まだ起きてたのかよ」
「! あ…うん」

やっと聞こえた彼の声は、どことなく眠そうでこの前の何倍もゆったりとしている。いつもこのトーンで喋っていれば良いのになんて思いながら小さく頷けば、ふと彼の着ているTシャツに目が行った。

(…ネコ……)
真っ黒いシンプルなTシャツの胸のあたりに、ぽつんと描かれたネコのような生物の絵。それをこんな目付きの悪い男の子が着てるんだからすごいギャップである。私は思わず小声で言った。

「……Tシャツかわいい…」
「うるせェよ!」

彼のツッコミがあまりにも素早すぎて、その上赤くなって照れたような顔をするものだから私を睨み付けるその目は全然怖くない。私は「ご、ごめん」と謝りながらも笑いがこみ上げてくるのを必死に隠した。彼に目を向ければまず一番にTシャツのネコが目に入ってしまってすごくシュールだ。私がちらほら笑いを零しているのに気付いた彼は目を吊り上げて怒っているし、なのにそれが全く怖くないしで私の笑いはしばらく止まらなかった。



それからしばらく笑い続けてようやく呼吸も落ち着いた頃、私は目尻に滲んだ涙を拭いながら彼に言う。

「今日、よく会うね」
「まだ二回しか会ってねーだろ」
「まあ…でも今までは一回も会ってなかったから」