sinkaron | ナノ
 翌日、私は出久君から「一緒に帰ろう」とメールをもらって、ホームルームを終えた後すぐにヒーロー科のクラスへと向かっていた。

大きなドアの向こうでは騒がしい声が響き渡っていて、私はそれを聞きながら壁に寄り掛かり肩から鞄を下ろす。
(もうちょっとかかりそうかな)
ぼんやりと窓の外を見つめてはそんなことを考えた。一枚目の写真が届いたあの日から、いつだって頭に浮かぶのは写真のことと、彼のこと。悩むだけ無駄だと思うのに、そんな気持ちとは裏腹に私はぐるぐると悩み続ける。ああ、早く出久君の笑顔が見たい。あの温かい笑顔を見れば何もかも忘れられるような気がした。
気がしただけ。そう思いたかっただけ。




 それから五分もしないうちに、教室のドアが開いて一番に出久君が出てきた。
出久君は私を見るなり
「あっ、名前ちゃん!」
なんて嬉しそうな顔で私に駆け寄ってくる。それが嬉しくて安心して私も笑顔で彼を呼べば、出久君は申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめんね、誘ったの僕なのに待たせちゃって…」
「大丈夫!気にしないで」

それより早く帰ろう、と言って出久君の手を引っ張れば出久君も安心したように笑って頷く。そしてすぐに同じくらいの歩幅で歩き出した私たちを、ただじっと睨むように見つめる人物がいた。しかしその人物に私が気付くはずもなく、いつものように出久君と笑い合いながら学校を出る。


昔からあまり変わらない通学路をゆっくりと歩いていると、昨日私が彼とぶつかって写真をぶちまけてしまった場所まで来たところで私は思わず足を止めてしまった。するとそれに気付いた出久君が心配そうに
「名前ちゃん、大丈夫?」
と尋ねてくる。私が何も言えずに出久君に視線を向けると、出久君は私の顔を見つめながら小さく続けた。

「顔、ちょっとしんどそう」
「……気のせい、じゃない?」
「………」

明らかに嘘っぽい笑顔だということは自覚している。それでも笑顔を向けでもしないと出久君とまで気まずくなってしまう気がして私は必死に笑顔を作った。しかしそれに出久君が騙されるわけもなく、出久君は何かを言いたそうな顔でぎゅっと唇を噛む。そんな彼から目を逸らしてまた歩き出そうとすれば途端に出久君がはっきりと口にした。

「かっちゃんと…何か、あったのかな」
「!!」


――かっちゃん。
その名前に反応してバッと顔を上げると、出久君は少し困ったように笑う。

「今日ずっと機嫌悪くて、しんどそうだった。かっちゃんも」
「……、…そっか」
「…うん。だから、何かあったのかなって」
「………」

出久君は、私の心の中に踏み込み過ぎず、だからといって踏み込まないわけでもないぎりぎりのところで聞いてきた。こういう控えめなのか世話焼きなのか分からないのは昔からだ。私のことを心配してくれるのに、その理由を深く詮索したりしない。
「…出久君は……」
「…うん」
私は小さくゆったりとした口調で出久君に問い掛けた。

「私のこと、どこまで知ってるの?」
「……え?」


 食堂で再開したあの日、初めて一緒に帰ったあの日。出久君は私が言った"無個性"という言葉にやけに反応した。まるで私が無個性じゃないって知っているような顔とか、態度とか。そして昨日の彼のあの態度。私は、それらが関係しているような気がしてならなかった。

「出久君」

答えを急かすように名前を呼べば、出久君は焦ったように口を開いてから、また少し落ち着いて口を閉じる。それを何度か繰り返した後、真っ直ぐに私を見つめた。

「僕がその質問に答える前に、ひとつだけ…教えてほしいんだ」
「…うん」
私が小さく頷いて出久君を見つめ返せば、柔らかく乾いた風が私のスカートを揺らす。ひゅう、と耳元を通り抜けた風音のあとに、はっきりと聞こえた出久君の声。




「名前ちゃんはかっちゃんのこと、どこまで知ってる?」




今度は少し、強い風が吹いた。


20150228