sinkaron | ナノ
 アイツが帰った後、俺は脱力しきったままソファに体を預けていた。

「………」

体のどこにも力が入らなくて、苛々する。誰でも良いから怒鳴りつけて爆発させたい。誰でも良いから八つ当たりしたい。このイライラの居場所を、作りたかった。
何をしようにも頭が働かず、ゆっくりと瞼を閉じればだんだんと意識が遠のいて行く。最後に瞼の裏に映ったのは、アイツの泣き顔だった。






 俺が小学生の時、心から守りたいと思うヤツがいた。
そいつは泣き虫で弱虫で、俺がいないとすぐ周りの男子にいじめられたりからかわれたりで本当に頼りない女。だけど笑うとすげえ可愛くて、喧嘩が大嫌いだったそいつは喧嘩っ早い俺をいつも全身で止めてくれたんだ。今にも泣きそうな声で「やめて」って叫ぶから、いつしか俺はそいつの前では喧嘩ができなくなってた。

初めて話したのは、忘れるわけもない夏休み。ずっと前から気になってたそいつに、俺が勇気を出して声をかけた。
最初は俺のことを怖がってたけど、目一杯できる限り優しく慎重に接したらすぐに心を開いてくれて。女子と慣れ合いたいなんて考えがほとんど無かった俺にとって、初めての"女子"はそいつだった。俺に初めて笑顔を向けてくれた"女子"も、そいつだった。だから俺にとってそいつは本当に大きな存在だったんだ。まだ幼い俺にとって"好き"だとかそういうハッキリとした甘い感情はなかったけど、俺は本当にそいつのことが大切だったから。一生かけて守りたいとも思っていた。


そう、守るって決めたんだ。
だからあの日も、俺はそいつを守ろうとした。


そいつと初めて話してから一年が過ぎた頃、たまたま人気のない道端でいじめられているそいつに遭遇した。弱弱しく声を漏らしながら泣いているそいつを囲んでいたのは同じ学年のヤツらで。俺は迷うことなくボスらしき男子に蹴りを入れてやった。
だけどそれが悪かったんだ。
俺が手を出したのを合図に男子たちはキレながら数人で俺に殴りかかろうとしてきたから、俺はとびきり力を込めて一番最初に殴りかかってきたヤツの胸を押して突き飛ばした。そしたら道路の方によろけたソイツがたまたま通りかかった大型トラックに轢かれて大怪我を負った。

それは俺が初めて犯した大きな罪。
俺は"一人"を守ろうとしたはずなのに、"一人"の命を奪おうとした。
そして最終的に、一番傷付いてほしくないと思っていた人間を、深く傷付ける羽目になったんだ。俺があいつに"個性"を使わせなければ、俺がちゃんと守っていればあいつは記憶を失うことなんてなかったのに。


「…だれ、ですか……」


忘れられることなんて、なかったのに。










「…バカみてえ」


 いつの間にか寝てしまっていたのか、眠りから覚めた俺は重い体を起こしてじっと自分の掌を見つめる。
アイツの手は、柔らかかった。自分の硬く大きな手とは大違いだ。あんなに乱暴に腕や肩を掴んでしまって、壊れていたりしないだろうか。アイツは今、何を考えているだろう。俺のことなんか嫌いになったんだろうな。

(ああ、ちげェわ)

きっと元から好きなんかじゃなかったんだ。



俺はまた、ゆっくりと沈んでいくように目を閉じた。


20150226