yubi | ナノ
「みょうじさん!!」
「っ、え……」

廊下を歩いていたらいきなり声を掛けられたものだからびっくりして振り返ると、そこには笑顔を浮かべた鳴子君が立っていた。

「あ…鳴子君」
「急にスマン、見かけたから思わず声掛けてもーたわ」
「ううん、気にしないで。あの、さっきは本当にありがとね」
「そっちこそ気にせんでエエ。困った時はお互い様やで!」
「……うん、ありがとう」

午後の授業も終わり、やっと忘れることのできたもやもやがまた浮き上がってきて、ちゃんと鳴子君の目が見れない。とりあえずもう変なことを考えるのはやめようと決め、「声掛けてくれてありがとう」と精一杯の笑顔を向けた。

「そーいやさっきも急に声掛けてスマンかったな」
「あ、いいの気にしないで」

首を軽く横に振りながらそう言うと、鳴子君も「なら良かったわ」と言って八重歯を見せる。(まあ、急に声を掛けてきたのは嫌じゃなかったけど……)

「ねえ今のって隣のクラスのえーっと何だっけ、鳴子だっけ?付き合ってたの!?いつから!?」

(……その、後が…)
鳴子君が去った途端にテンション上がりまくりでそう聞いてきた友達のことを思い出して、私は苦笑しながら肩を落とす。誤解を解くのに少し時間が掛かってしまったのは、私の説得力だけが問題ではないと信じたい。せめて一人の時に声を掛けてくれた方が良かったと思いながらも、せっかくペンを届けてくれたんだから文句を言ってはいけないと自分を叱った。

「みょうじさん?」
「えっ?あ、ううん何でもないよ」
「ならエエんやけど、なあ、さっき……」

「おーい鳴子!」

鳴子君の言葉を遮って、どこからか声が聞こえた。すると鳴子君は何かを言い掛けた口を閉じ、声の主を探すためキョロキョロと視線を動かす。しかしすぐに見つけたのであろう、「あっ」と声を漏らし一点を見つめた。
(……え?)
一瞬、鳴子君を呼んだ声がとても聞き覚えのある声に聞こえてしまったが、きっと気のせいだろう。そう信じて、しかし無意識に顔を俯かせながら鳴子君の陰に隠れる。

「やっと見つけた。さっき教室行ったのにいねえから結構探したんだぞ」
「すんません、多分ウンコしてましたわ」

(…あれ、…あれ……?)
おかしい。おかしい、絶対におかしい。だんだんとこちらに近付いてくるその声に、私は目を見開いて掌に汗を滲ませることしかできなかった。

「トイレくらい済ませとけよ」
「せやから済ましに行っとったんですって」

じわりと変な汗が出る。ついに私たちの目の前で止まった誰かの陰に、思わずぎゅっとスカートを握り締めた。
(違う、だってもう、あの人は……)

「で、何か用スか?……」
鳴子君が口を開く。どうか、どうか私の勘違いであってほしいという願いは、

「手嶋サン」

叶うことなく散っていった。


(なんで…?何で、どう、しよう)


 20140824