yubi | ナノ
 結局もやもやしたまま授業が終わり、昼休みが来てしまった。
友達とお弁当を広げてどうでも良いような話題で盛り上がる。しかし心のもやもやは消えなくて。友達との話は楽しいはずなのに、お弁当も美味しいはずなのに、どうしてかスッキリしまいままだった。

「あ、そういえばなまえってさ」
「ん?」

突然そう切り出した友達に目をやると、友達はお弁当箱に入った卵焼きを器用にお箸でつまみながら続けた。

「帰宅部なんだっけ」
「うん、そうだよ」
「部活入んないの?」
「そうだなぁ…もう二年になっちゃったし」
「やっぱタイミングってあるもんね」

うんうんと頷く彼女は、確かバスケ部だったと思う。
(部活かあ…)そういえば何部に入ろうとか考えたことはあったけど、私は運動もできないしだからといって文化部にもあまり魅かれなかった。(音楽部は…ピアノというより合唱系だし)それに帰宅部でも十二分に楽しいことはある。そんなことを考えながら、私もごはんを口に運んだ。

 あ、そういえば。

私はごはんを食べている手を止め、慌てて携帯を取り出す。また返すのを忘れてしまっていた拓斗先輩からのメールを開き、やっとその文章に目を通した。

『なまえが好きそうな曲あったよ』

(好きそうな曲…?)
何だろうと思い、小ざっぱりしたシンプルな文面の下に載せられたリンクから音声データを再生してみる。ゆったりとしたテンポのきらきらした曲だった。さすが、拓斗先輩は私の好みを分かってくれているようで。私は思わず頬を緩ませて、『ありがとうございます。すごく好みでした』と返信した。

「メール?」
「うん、そうだよ」
「好きな人と?」
「え、あ、違う違う」

手を止めて興味有りげに問い掛けてくる友達に首を振り、私はおかずを一齧りする。

「てっきり彼氏かと思った」
「そんなのいないよ、いたこともないし」
「そうなの?」
「うん。でも今のメールは、すごく感謝してる人だよ」
「へえ…先輩とか?」
「わ、当たり。よく分かったね」

私がそう言うと友達はなぜか驚いたような顔をした。しかしその視線は私ではなく、私のななめ上。不思議に思い私も友達の視線を辿って上を見ると、そこには予想外の人物が立っていた。

「!な…鳴子君…?」
「チーッス」

わざとふざけたように笑った鳴子君に、私も友達もぽかんとしてしまう。しかしそんなの気にしていないのか鳴子君は笑顔を崩さぬまま、私の手を取って何かを握らせた。
私はすぐにハッとして「あ」と声を漏らす。握らされたのは、今朝、音楽室に忘れてきてしまったペンだった。

「これ…」
「あん時すぐ渡そう思っとったんやけど、ほら、時間見て慌てたやろ?せやからついうっかり忘れてもうて。遅くなってスマン」
「う、ううん、ありがとう!」

私は受け取ったペンをペンケースにしまいながらお礼を言う。すると鳴子君はまた笑ってくれた。(あ……八重歯、)そういえばさっきも、あの女の子にこうやって八重歯、見せてたんだっけ。それを思い返して、また上手く笑えなくなってしまった。

「ほな、用はそれだけやから」
「あ、っ鳴子君、」

私のぎこちない笑顔に遠慮してしまったのか、鳴子君はそそくさと私たちの元から離れようと背を向けてしまう。それを咄嗟に引き止めると、鳴子君は驚いたように振り返った。
「…ん?」
「あ……、…ありがとう」
また、上手く笑えない。それでも少しでも感謝の気持ちが伝わるように「本当に」と付け加えて、軽く頭を下げる。

「かしこまりすぎやわ。もっと気ィ抜きや」


鳴子君は楽しそうに笑って教室を出て行った。


 20170824