yubi | ナノ
 授業中、ポケットの中で携帯が震えた。
誰だろうと思い先生に見えないようにこっそりと画面を確認すると、そこには"拓斗先輩"の文字。昨日振りの連絡だ。もっとよく見ると、どうやら着信ではなくメールらしい。(…もしかして拓斗先輩、授業中にこれ打ったんじゃ……)とりあえず授業が終わったら読もうと思いまた携帯をポケットにしまった。



 授業が終わり、背筋を伸ばしながら欠伸をこぼす。するとすぐに、いつもよく行動を一緒にする友達が声を掛けてきた。

「次移動だから一緒に行こ」
「あれ、次移動だったっけ」

とりあえず机上に広がった教科書やノートを机の中に押し込んで、次の授業で使う教科書を探す。しかし見つかる気配はない。
(……あ)
「教科書忘れた?」
「ううん、ロッカーかも」

というわけで友達と二人で廊下に出た。なるべく友達を待たせないようにと早足でロッカーへと向かうと、ふと視界の端に真っ赤な髪を見つけてしまった。(鳴子君だ)きっと派手好きなのだろう、誰よりも何よりも目立ったその真っ赤な色は、確かに人目を引くし一目で鳴子君だと分かる。便利と言っては少し雑かもしれないが、その通りだ。決して悪い意味ではなく、とても良い意味で。
しかし、私が思わずロッカーそっちのけで鳴子君に声を掛けようとしたその時だった。

「鳴子ー、ノート見せてくれない?」

一人の女子生徒が鳴子君に声を掛けた。思わぬ展開に私は開きかけた口を閉じてしまう。(…すごいタイミング)これが出鼻をくじかれるというやつか。するとそんな私に気付く由もない鳴子君は呆れたようにカッカと笑って「なんや、また寝とったんかい!」と案外あっさり彼女にノートを手渡した。それを見た私は、どういうわけか固まってしまう。

「……なまえ?」
「えっ、あ…ごめん、ぼーっとしてた…」

立ち尽くしたままの私を心配したのか友達が声を掛けてきて、私は慌ててロッカーに手を伸ばす。
(…そう、だよね)
今まで女の子と話している鳴子君を見たことがなかったから分からなかったけど、鳴子君だって、普通に女の子と仲良くするしさっきみたいにノートを貸したりするん、だよね。そんなの当たり前だ。そう、分かっているのに。

(……なんか、変だ)

心臓のあたりがすごく痛くて、苛々する。だけどそれがどうしてか分からない。

「あ、あった」
「良かったじゃん。ほら、早く行こ」
「うん」

きっと、少し吃驚してしまったんだろう。鳴子君が女の子と話している所を見るのが初めてだったから驚いた、それだけ。私は自分にそう思い込ませて、友達と一緒に廊下を歩き始める。
授業が終わったらすぐに返そうと思っていた拓斗先輩からのメールも、すっかり忘れてしまっていた。


 20140823