yubi | ナノ
「またピアノ弾いとるんか」
「!……鳴子君」

 朝。ホームルームの前に少しピアノを弾いておきたくて音楽室に籠っていると、朝練の後なのか少しばかり汗をかいた鳴子君が何時の間にか隣に立っていた。
(き、気付かなかった…!)思わず手を止めて鳴子君に視線を向けると、にかにかと楽しそうに笑っている鳴子君。一体いつから見られていたんだろう。というよりどうして鳴子君がここにいるのだろう。いくつかの疑問が一気に頭に浮かんで焦っている私など気にせず、鳴子君は笑顔のまま口を開いた。

「おはようさん」
「お、おはよう。ごめんね、集中してて…」
「気にせんといてや、にしてもごっつい集中力やなあ」
「…そ、そうかな…?」
(ごっつい…?)
首を傾げて視線をずらした私に鳴子君が不思議そうな表情を浮かべる。

「どうしたん?」
「えっ、あ、ううん。何でもない」

 私が片付けを始めると、鳴子君は「もう弾かんのか?」と尋ねてきたがもうホームルームまであまり時間がない。もうちょっと聴きたかった、とでも言わんばかりの鳴子君に気付かない振りをして椅子から立ち上がった。

「今の曲」
「え?」
「この前とは違う曲やな」
「あ、うん。最近やり始めた曲で…お気に入りなんだ」
「へー、最近初めたんにもうそんだけ弾けるんか!ごっついなあ!」

(また、"ごっつい"…)
関西弁に馴染みがないからか、たまに鳴子君が何を行っているのか分からなくなる時がある。ごっつい、がまさにそれ。(…私の手、ごついのかな)そう思うと何だか急に恥ずかしくなって咄嗟に手を隠してしまった。

「そ、そういえば昨日、」
「ん?」
「練習、頑張ってたね」
「ああ、せやせや!声掛けてくれておおきにな!」
「ううん、こちらこそ」

嬉しそうにそう言ってくれた鳴子君に私も笑顔で返す。練習中に声を掛けるなんて良くないことをしてしまったかもしれないと思っていたが、喜んでくれたなら良かった。鳴子君が優しいだけなのかもしれないけど。

「あ、もうすぐホームルーム始まってまうわ」
「!…ほんとだ」

ふと時計を見た鳴子君がそう言ったから私も続けて時計に目をやった。時間はまだあるが私たちには前科があるため少し急いで音楽室を出る。廊下の空気は少しぬるくて、どちらかというと心地が良かった。

「もう怒鳴られるんはゴメンやで」
ぼやくようにそう言った鳴子君に思わず笑いが零れる。
「でも今日は大丈夫だよ」
笑顔で言うと鳴子君も「せやな」と笑ってくれた。
 隣を歩く鳴子君にちらりと目をやっては、私よりも何センチか高いその身長に少しどきりとしてしまう。
(…もうちょっと小さいイメージあったんだけど、な)

 実は思っていたよりも身長が高い。そして華奢に見えるその身体にはきちんと筋肉が付き、引き締まっていて。話題が弾み笑い合いながらも、本当はどこか緊張している自分がいた。


 20140823