yubi | ナノ
 それは、いつもとおんなじキッツイ練習が終わってそれぞれ帰りの準備をしとる時やった。

「あの、手嶋サン」
「んーなんだ」

ワイは着替えていた手を止めて、道具入れのようなものをガサゴソと漁っている手嶋サンに声を掛ける。手嶋サンは集中しているのか生返事やった。(声掛けたのがワイやって気付いとるんやろかこの人…)

 この前のことがあってから、ワイはずっと二人のことで頭がいっぱいになっとった。手嶋サンはみょうじさんを「なまえ」と呼んだ。せやけどみょうじさんはまるで手嶋サンとは初対面みたいな言い方をした。この矛盾がどうしても気になって、だからといって簡単に聞けるようなことではない気もして。
せやから何も詮索せずに、忘れたことにして今まで普通に接しとったんやけど。やっぱ気になるモンは気になんのや。


「みょうじさんのこと知っとったんスね」
「……まあ、フツーに」

妙な間やった。手嶋サンは未だに道具入れに手を突っ込んで何かを探しているのか、ワイの顔を見ようとしない。別にその態度に対して腹が立ったワケやないけど、でも何かしっくりこなくて。
(フツーて何なん)
それを口にすることはなかったものの、代わりに眉間に皺を寄せたままワイは手嶋サンに顔を向ける。あれがフツーなわけないやろ、ってホンマは言ってやりたい。

「もしかして中学、同じやったとか」
「ああ」
「…ほんなら、仲良かったんとちゃいます?」
「……、廊下でたまに会って話す程度だったよ」
「…ふぅん」

絶対、絶対ちゃうやろ。あん時のみょうじさんの反応を見て薄々察していながら、仲良かったんちゃいますとか聞いたワイもなかなかアホやけど。(…嘘、ついとるんやろな)そんなことを思いながらまた手を動かして、なんとなく俯いてまう。
手嶋サンはみょうじさんの、何やったんやろ。そう考えればキリがなくなってしもて、ワイはバタンとロッカーを閉めた。

「…今日寄らなアカンとこあるんで先に失礼しますわ」
「おー、気を付けて帰れよ」
「ハイ」

手嶋サンに挨拶をしてから他の先輩や小野田君たちにも声を掛ける。
ワイがこれ以上突っ込んだらアカンっちゅーのは分かっとるし、詮索したところで何になるんやろって疑問すら浮かんだ。けど、……好きな人のこと知りたい思うんは、しゃーないことや。そうや、しゃーないねん。


(ちゅーかみょうじさん……完全に、初対面ちゃうやん)
結局、みょうじさんにも嘘を付かれていたことが分かった。そんなに、あんなテンパった顔してまで隠したいことって何なんやろか。そこに、ワイの入る隙間はないんやろか。

「……アホ」


なんか、まあ自業自得なんは分かっとるけど、後味悪い一日やった。


 20150101