kirakira | ナノ
そんなこんなで名字に借りた折り畳み傘は、青と白のシンプルなものだった。てっきりピンクや花柄だったらどうしようかと思ったが、そんな乙女チックな傘をわざわざ俺に貸すような嫌な性格はしていないだろうと勝手に解釈する。
それにしても、学年でトップを競うほど有名な名字名前 がどうしてここまで俺に関わろうとしてくるのか、とても解せない。ラブヒメの話がしたきゃ小野田のところにでも行けば良いというのに。何を考えているのかイマイチよく分からない奴だ。


「あれ、今泉君今日はいつもと違う傘なんだね」

 練習後、案の定降り続ける雨に呆れながらも名字に借りた傘を広げると、隣に立つ小野田がそう言った。
「ああ…知り合いに借りたんだ」
さすがに名字の名前を出す必要もないだろうと思いそう言ったのだが、どういうわけか小野田が首を傾げて「それってもしかして、この前言ってた名字さん?」と鋭い指摘を口にする。俺は思わず傘を持つ手に力を込めて「は?」と間の抜けた声を出してしまった。

「…そう、だが」
「へえ、仲良いんだね」
「! 別にそういうわけじゃ…」
小野田の言葉に対しキツい口調で否定すると、いつの間にか隣に来ていた鳴子が興味深々な表情を浮かべて俺に言う。

「スカシ、あの名字さんと知り合いなんか!?」

(何でコイツまで話に入って来るんだよ…)
目をキラキラさせて俺にそう聞いてきた鳴子から目を逸らし、歩きながら「顔見知りなだけだ」と答える。すると小野田が
「え、でも傘借りたんでしょ?」
とまるで俺を追い込むかのような発言をした。本人にそのつもりはないと分かっていても、できれば今は黙っていて欲しかった。

「はー、スカシも隅に置けないやっちゃなあ」
「だから別に仲が良いわけじゃないって言ってるだろ」
「はぁ!?何スカしとんねん!あの名字さんに傘借りるなんて天使に羽もらったようなモンやぞ」
「意味分かんねえよ」

騒ぐ鳴子から距離を取り、駅までの道を早足で歩く。こんな話題になるくらいならずぶ濡れになった方がマシだった。俺は自分が手にしている名字の傘を控えめに見上げて、少し歩くペースを落とす。
(…まあ、感謝はしてるが)

「あ、せや、思い出した」
「…何だ」
気付けばまた俺に声を掛けてきた鳴子を睨むように見つめると、鳴子がこれまた楽しそうに笑いながら言った。
「今日なぁワイのクラスメイトが名字さんに告ってん」
「!」
鳴子の言葉に俺と小野田が反応する。小野田は顔を赤くしながら「へ、へえ、すごいね…!」と小さな声で言っていた。しかし俺はそんな純粋な反応ではなく、目を丸くして鳴子の話に食い付いた。心当たりがあったからだ。(…もしかして、)

「昼休みやったかな、何やごっつい真っ赤な顔して教室に帰ってきたんや。ほんでワケ聞いたら、名字さんに告ってその場で振られてもーたらしくて」
「えっ、ダメだったの?」
「おん、瞬殺やったらしい。けど近くで見れば見るほど可愛えしエエ匂いした言うてテンションあがっとったわ」
「変態かよ…」

小野田と俺が順番に相槌を打つ。鳴子の話を聞いて確信した。多分、俺が見かけたアレだろう。

「俺と付き合ってください!」

(可愛くていい匂い、って…)そんなことを考えているようには見えなかったが、やはり男という生き物はどんなに真剣な顔をしていても頭の中はそういうことばかりなのだろうか。そんなことを考えては自分も男だということに気付き、何とも言えない気分になる。
 いやそれよりも、だ。
名字が告白を断ったということに少し驚いた。別に他人の恋愛沙汰に興味があるわけではないが、あの雰囲気は決して悪いものではなかったし、まあ名字も二次元に夢中とはいえ、いつ彼氏ができても悪くないと思っていたから。やはり自分が重度のオタクだということを自覚して、相手に気を使ったのだろうか。それとも、そもそも三次元には興味無しなのか。

「……分からん」
「どうしたの?今泉君」
「いや、何でもない」

これ以上名字のことを考えるのは止め、そのまま騒がしい鳴子と小野田の後ろを歩きながら駅へと辿り着いた。妙に疲れる一日だった。


 20140819