kirakira | ナノ
 昼休みに手嶋さんに呼ばれて、教室まで向かっている時のことだった。

「名字さん」

どこからか聞こえたのは、男子生徒の声。その声色からして男子生徒がかなり緊張しているというのは心底どうでもよかったが、その名字さんという単語に俺は反応して足を止める。(名字…あいつか?)俺は別に意味もなく、その声がした方へ顔を向けると階段の陰になっている狭いスペースに名字と声の主であろう男子生徒が立っているのが目に入った。
(何やってんだ?こんなところで)
しかし声をかける義理もないため俺はまた手嶋さんの教室へと歩き出す。と、その時だ。

「俺と付き合ってください!」


(…マジか)あまりに衝撃的なその言葉に俺は足を止めて眉間に皺を寄せる。こんな真昼間にデカイ声で告白なんかするなよ、近所迷惑だろ。そう心の中で毒を吐きながらも、今更ながら名字は男子に人気があったことを思い出した。それだけ噂になるくらいモテているにも関わらず高校に入ってから一度も男と付き合ったことはない、らしい。先ほど男子生徒が緊張していたことに続き心底どうでもいい。俺には興味のない話だ。
それにしても。

俺はまた足を進めながら、ふと出会った初日の名字を思い出す。
(あいつ…相当重度のオタク、だよな)
名字に想いを寄せている男子がそれを知ったらどう思うんだろうか。やっぱり顔が良くてもオタクの時点でアウト…なのか、それとも顔が良ければすべて良しだとでもいうのか。
 そんなくだらないことを考えているうちに手嶋さんの教室に着き、今日の放課後練習は部室で筋トレとミーティングを行うと知らされた。俺はそれを小野田や鳴子に知らせるためにまた自分たちの教室へと戻る。俺が昼食にありつけるのはもう少し先らしい。それでもめげずに先ほどの階段を登るため廊下の角を曲がると、なぜか名字がそこにいた。

「あ、今泉君だ!」

(げっ)
俺を見るなり目を輝かせて走り寄ってきた名字。こんなところをファン(?)の奴らに見られたら殺されそうだ。せめて目を輝かせるのはやめてほしい。しかしそんな俺の気持ちを知る由もない名字は、両手をグッと握り締めて俺に話しかけてきた。

「昨日は本当にありがとう。おかげでこの通り元気戻ったよ!」
「…そうか。良かったな」
「うん、今泉くんのおかげ」
「そうか」

これ以上構われないようにと無理に会話を終わらせてみたが名字には全く効果がないらしい。
「そういえば今日、雨降りそうだね」
平然とした顔でそう言った名字に、まあこの程度の話題なら乗ってやってもいいだろうと思い返事を返す。

「ああ」
「傘さして帰るのってちょっと面倒だなあ」
「そうだな」
「天気予報は晴れって言ってたから傘忘れた人多いんじゃないかな、今泉くんは傘持ってきた?」
「いや、忘れ…………持ってきた」
「私折り畳みも持ってるから後で貸してあげるね!」
「持ってるって言っただろ」

何となくこうなってしまうことが予想できたから嘘をついたのに、と俺は肩を落とす。

「遠慮しないで良いんだよ?友達なんだし!」
(いつ俺がお前と友達になったんだよ……)
「…まあ、そこまで言うなら」
「その代わり」

俺が仕方なくお願いしようとした途端に、名字は良い笑顔でこう言った。

「今度ラブヒメの話しようね!」

やっぱり断ろうと思った時にはそこに名字は居なくて、俺はどうしようもない敗北感と疲労感を一心に感じながら教室まで戻り、やっとの思いで弁当にありついたのだった。
(最悪だ……)


 20140801