kirakira | ナノ
 翌日、朝練を終えて教室に入ると俺の机の上に缶コーヒーと一枚の紙が置いてあった。よく分からない変なキャラクターがプリントされたメモ用紙を見る限り女子だろう。俺は一体何なんだと溜め息をつきながら紙を手に取った。

「…!」

するとそこにはラブヒメに出てくるメージュらしき羊の絵と、「紅茶ありがとう、今泉君」という何ともシンプルな文字。紅茶というキーワードから、これの犯人が誰なのかすぐに理解した。(多分…いや、絶対名字だ)つまりこれは昨日の礼というわけか。しかも、俺がこの前飲んでいた缶コーヒーと全く同じものだ。(あいつ、ちゃっかり覚えてたのかよ…)
半分呆れてまた溜め息をついたものの、手元の紙に書かれている笑顔のメージュの絵に少しだけ安心してしまう。まだめそめそ泣いているかと思っていたが、案外立ち直りは早いらしい。

「あれ、今泉くんどうしたの?」
「! ああ…小野田か」

 どうやら俺が紙を持ったまま突っ立っているのを心配したのだろう、小野田が声を掛けてきたため俺は慌てて紙をポケットに押し込んだ。小野田は不思議そうに首を傾げたがすぐに「あ、そういえば」と話題を変える。こいつが鈍感で助かった。これが鳴子だったら面倒なことになりそうだ。(色んな意味で)


「今泉くん、コーヒー飲めるなんてかっこいいね!」
「…そうか?」
「うん、だって僕コーヒー苦くて飲めないから…」

名字が置いていった缶コーヒーを開けてそれを一口飲み込んだ時、小野田が照れ臭そうに笑いながらそう言った。名字が小野田に似てるだけじゃなくて小野田も名字に似てるのかよ。我ながら訳の分からないことを考えていると、いつの間にかチャイムが鳴ってクラスメイトがうるさく音を立てながら席に着く。担任が入ってくる頃にはもう教室内は静まり返って、朝のホームルームが始まった。

 俺は飲みかけの缶コーヒーを机の端に置き、担任のつまらない話を右から左へと流していく。窓越しに空に目をやれば、今日は少し降りそうだ。にごった雲が太陽を隠し、空気そのものを暗くさせている。
(あ、そういや……)
折り畳み傘を忘れたかもしれない。そう思い俺は担任にバレないよう鞄の中を探った。案の定、折り畳み傘は入っていなかった。最悪だ。
俺は若干苛々しながら先ほどポケットに押し込んだ紙を取り出してじっと眺めてみる。

(…字、特別上手いってわけでもないのな)
女子はほとんど同じような字を書くものだと思っていたが、名字の字は何というか、癖のある字を書く奴だと知った。しかし俺はすぐにハッとし、またポケットに押し込んで薄く息を吐く。わざわざコーヒーを買ってメモ付きで俺の机に置くなんて、あいつは相当律儀な奴らしい。生憎俺は、礼に対して礼を言いに行くなんて親切なことをしてやらない主義だ。コーヒーは有難く頂くとして、もうしばらく名字と関わる機会など無いに等しい。

 気付けば馬鹿みたいに色々と考え込んでいるうちにホームルームが終わったようだ。
結局名字のことしか考えていなかった自分に呆れ、俺は授業の準備を始めた。



 20140729