今日もいつものように放課後の練習を終えて学校を出ると、すぐそこに見覚えのある横顔を見つけた。そいつは校門の傍にある壁に寄りかかり、ボケっとした表情で携帯の画面を眺めている。一瞬それが名字かと思ったがすぐに見間違いだろうと目を逸らした。あいつがこんな時間にここにいるわけがない。しかし。
「……名字?」
あまりにもそれがあいつの横顔と瓜二つだったため声を掛けてみると、今まで携帯の画面を眺めているだけだったその視線が俺に向けられた。俺は思わず目を見開く。
「お前、何してるんだよ。もうこんな時間だぞ」
「あ……、うん、ちょっと」
「!」
見間違いだと信じたかったが、そうじゃない。名字の白い頬にはうっすらと涙の跡があった。
(泣いてた…のか?)
「とにかくもう遅いし、帰った方が良いだろ」
「大丈夫だよ」
「大丈夫って…お前何言って
「さわっち待ってるの」
「…は?」
さわっち、とこいつは確かにそう言った。確か初めて話した日にこいつに声を掛けていた"友達"とやらだ。だが下校時間はとっくのとうに過ぎているし、その友達が今も学校に残っているとは考えにくい。それに、
「何かあったのか」
他人のそういうことにはあまり首を突っ込みたくはないが、名字の顔があまりにも先日と違いすぎて逆に心配になった。そう、全くもって他意はない。このままこいつを放って帰るのも癪だと思っただけだ。
「…さわっちが、好きな人に振られたから…私なりに、励ましたの」
「……」
「そしたらさわっち怒っちゃって、…私には、さわっちの気持ち分からないって、そう叫んでどっか行っちゃった」
「…そうか」
つまり女子同士のゴタゴタというわけか。俺にはどうも理解し難い内容だったが、とりあえず名字の腕を軽く引っ張り歩き出す。
「帰るぞ」
「で、でも、さわっちが
「もう7時だぞ。とっくに帰ってるだろ」
「でも…、っ…一緒に帰る約束してたし、それに
「少しは黙れないのか」
「っ……」
(あ、ヤベ…)少しきつく言いすぎただろうか。しかし酷い話だとは思う。せっかく友達が励ましたってのに感謝の言葉もナシに突き離すとは。確かに誰とも話したくないという時があるのは分かるが、それにしても、だ。
「……今泉、君」
「何だ」
「…ごめんなさい」
「…だからお前は、」
俺は深く溜め息を吐いて、近くにあった自販機におもむろに百円玉をねじ込む。そして待ってましたと言わんばかりに光り出すボタンを片手で殴るようにして押した。
がこん。音を立てて掌に収まる大きさの缶が落ちてくる。俺は雑な手付きでそれを手に取り、名字の額に押し当てた。
「いたっ」
名字は小さな声を漏らして目を閉じる。長い睫毛がぴくりと震えて、ゆっくりと目を開けた。
「ごめんで良いだろ」
「え、あ……」
「同学年に敬語使うなよ」
「…、……ごめん」
小さな声でそう言った名字に俺は少しだけ満足し、名字の手に缶を握らせる。ついいつもの癖でコーヒーのボタンを押してしまいそうになったがこいつはコーヒーが飲めないというのを思い出し、しかし何が好きかも分からなかったため無難に有名なメーカーの紅茶にした。
「こ、これ…」
「それ飲んでもう帰れ」
「でも
「いらないなら捨ててくれて構わない」
「っも、もらいま…、もらう」
名字はそう言い直すと少し嬉しそうに頬を緩める。そんな名字の顔に俺も安心してやっと家に帰れる。そう思いまた足を進めたのだが、後ろからまたあの日と同じように制服の裾を掴まれて足が止まった。
「あ、あの、今泉君」
「…何だ」
「ありがとう」
「!」
その笑顔はうす暗い空のせいで見えにくかったが、俺は不思議と笑みを零して名字に背を向ける。人に何かをするのも別に悪くはないのかもしれない。
20140723
「……名字?」
あまりにもそれがあいつの横顔と瓜二つだったため声を掛けてみると、今まで携帯の画面を眺めているだけだったその視線が俺に向けられた。俺は思わず目を見開く。
「お前、何してるんだよ。もうこんな時間だぞ」
「あ……、うん、ちょっと」
「!」
見間違いだと信じたかったが、そうじゃない。名字の白い頬にはうっすらと涙の跡があった。
(泣いてた…のか?)
「とにかくもう遅いし、帰った方が良いだろ」
「大丈夫だよ」
「大丈夫って…お前何言って
「さわっち待ってるの」
「…は?」
さわっち、とこいつは確かにそう言った。確か初めて話した日にこいつに声を掛けていた"友達"とやらだ。だが下校時間はとっくのとうに過ぎているし、その友達が今も学校に残っているとは考えにくい。それに、
「何かあったのか」
他人のそういうことにはあまり首を突っ込みたくはないが、名字の顔があまりにも先日と違いすぎて逆に心配になった。そう、全くもって他意はない。このままこいつを放って帰るのも癪だと思っただけだ。
「…さわっちが、好きな人に振られたから…私なりに、励ましたの」
「……」
「そしたらさわっち怒っちゃって、…私には、さわっちの気持ち分からないって、そう叫んでどっか行っちゃった」
「…そうか」
つまり女子同士のゴタゴタというわけか。俺にはどうも理解し難い内容だったが、とりあえず名字の腕を軽く引っ張り歩き出す。
「帰るぞ」
「で、でも、さわっちが
「もう7時だぞ。とっくに帰ってるだろ」
「でも…、っ…一緒に帰る約束してたし、それに
「少しは黙れないのか」
「っ……」
(あ、ヤベ…)少しきつく言いすぎただろうか。しかし酷い話だとは思う。せっかく友達が励ましたってのに感謝の言葉もナシに突き離すとは。確かに誰とも話したくないという時があるのは分かるが、それにしても、だ。
「……今泉、君」
「何だ」
「…ごめんなさい」
「…だからお前は、」
俺は深く溜め息を吐いて、近くにあった自販機におもむろに百円玉をねじ込む。そして待ってましたと言わんばかりに光り出すボタンを片手で殴るようにして押した。
がこん。音を立てて掌に収まる大きさの缶が落ちてくる。俺は雑な手付きでそれを手に取り、名字の額に押し当てた。
「いたっ」
名字は小さな声を漏らして目を閉じる。長い睫毛がぴくりと震えて、ゆっくりと目を開けた。
「ごめんで良いだろ」
「え、あ……」
「同学年に敬語使うなよ」
「…、……ごめん」
小さな声でそう言った名字に俺は少しだけ満足し、名字の手に缶を握らせる。ついいつもの癖でコーヒーのボタンを押してしまいそうになったがこいつはコーヒーが飲めないというのを思い出し、しかし何が好きかも分からなかったため無難に有名なメーカーの紅茶にした。
「こ、これ…」
「それ飲んでもう帰れ」
「でも
「いらないなら捨ててくれて構わない」
「っも、もらいま…、もらう」
名字はそう言い直すと少し嬉しそうに頬を緩める。そんな名字の顔に俺も安心してやっと家に帰れる。そう思いまた足を進めたのだが、後ろからまたあの日と同じように制服の裾を掴まれて足が止まった。
「あ、あの、今泉君」
「…何だ」
「ありがとう」
「!」
その笑顔はうす暗い空のせいで見えにくかったが、俺は不思議と笑みを零して名字に背を向ける。人に何かをするのも別に悪くはないのかもしれない。
20140723