kirakira | ナノ
「あ!今泉君!!」

 やけに元気な声が聞こえたと思ったら名字名前 が満面の笑顔で俺に手を振っていた。俺は思わず微糖のコーヒーを吹き出しそうになる。今日は家の用事で部活を早上がりしたから一人で静かに帰ろうと思っていたところだというのに。

「名字…」
思わず名前を呼ぶ声が濁ってしまったが当の本人は全く気にしていないようだ。
 今日は友達と一緒ではないらしい。いつもがどうなのかは知らないが。名字は鞄を握り締めながら俺の元へと走って来た。

「どうせだしラブヒメの話でもしながら、その、一緒に帰りませんか」

だから何でこいつは十分の一くらいの割合で敬語を使うんだ。
(こんなことなら迎えを呼んでおくべきだった…)
俺は心の中でそう項垂れながら鞄を持ち直す。すでに隣を歩いているこいつは、俺の返事など関係なしに一緒に帰るつもりらしい。俺の歩幅に合わせて歩くこいつの横顔は、やっぱり、世の中の男からしてみれば綺麗なのだと思った。

「ねえ今泉君!」
「何だ」
「コーヒー飲めるんだね、すごいね」
「普通じゃないのか」
「私甘党だからコーヒー飲めないんだ」
「そうか」
「ねえ今泉君」
「何だ」
「昨日のドラえもん観た!?」
「……」
「あ、その顔は観たんだね!」

また目をキラキラさせて俺を見つめたかと思えば昨日のは内容が重かったとか相変わらずの奥深さだとか、たった一話分の感想をずらずらと楽しそうに力説する名字名前 。こういうタイプは苦手なはずだが何故かそこまで嫌だとも感じない。適当に相槌を打っておけば一人で勝手に喋ってくれるから楽なだけなのかもしれないが。そんなことを考えているうちに駅に着いてしまった。

「それじゃあ私2番線だから」
「そうか」
「またね、今泉君」
「…ああ」

結局あいつは今の今までずっと一人で喋っていた気がする。しかしとても満足そうに笑っていた。あいつにとっての"一緒に帰っている"という感覚がよく分からないが、まあ良いとしよう。俺はしばらく名字名前 の後ろ姿を見つめたまま突っ立っていたが、我に帰り早足でホームへの階段を登った。

 そういえば、最後に一啜りした微糖のコーヒーは心なしかいつもより美味しく感じたような。


 20140723