mitei | ナノ
 結局、昨日は十一時になっても電話は掛かってこなかった。
別に期待をしていたわけではなかった、というと嘘になるけれど、だからと言って名前さんからの電話を何時間も待つことはなくボクは翌日の練習のためにすぐに布団に入ったのだ。しかしあまり良い睡眠を取ることはできず仕舞いである。

 今日も自転車競技部は朝から練習尽くしで、やっと朝練を終えたボクらは各自部室で着替えをしていた。

「…あの、御堂筋さん」

少し向こうで着替えていた御堂筋さんのところまで行き、控えめに声を掛ける。御堂筋さんはいつものことながら何を考えているのかよく分からない表情で振り向いた。

「何や」
「そんな大した話じゃないんですけど」
「なら一分で済ませてや」
「……はい」

相変わらずの反応だ。ボクはそんな御堂筋さんから少し視線をずらして、また口を開く。

「御堂筋さんって名前さんと同じ中学だったんですか?」
「そやけど」
「仲、良いんですね」
「べつにィ」
「だって、幼馴染で、中学も高校も同じでって、よほど仲良くないとそうならないと思いますよ。それに名前さん、毎日練習観に来てますし」

ボクがそう言うと御堂筋さんは黙ってしまった。すぐ隣では水田さんたちが何やら楽しそうに話している。いつもより騒がしい部室の中で、ボクと御堂筋さんだけが静まり返っているような感覚だ。

「昨日、名前さんと少し話したんですけど」

御堂筋さんは名前さんの話題にあまり乗り気ではないようだった。相槌を打つこともしなければ、ボクの顔すら見ずにひたすら手を動かしている。

「名前さんって昔テニスとかやってたんですか?」
「………」


 ――また、だ。
また、動きが止まった。まるで何かを思い出してその過去に浸るかのように。ボクはぴたりと手を止めて固まる御堂筋さんを横目で見つめながら薄っぺらい笑みを浮かべ、さらりと話題を切り替える。

「そういえば御堂筋さんって
「あるで」
「はい?」
「テニス」
「…え」
「小学生の時から、中三まで、ずぅっと」
「……――」


"今は?"


 その言葉が、口から出なかった。いや、口にしてはいけないような気がした。
名前さんが、御堂筋さんが、あまりにも踏み込んで欲しくないような顔をするから。まるで何か共通の痛みを感じるかのように、黙り込むから。
(……気に、くわないな…)
まるで、欲しいものが手に入らない子供のような苛立ちを覚えた。二人は、"仲が良い"とは少し違う。もっと、他の表現が当てはまるような気がするんだ。


「一分、丁度や」

御堂筋さんはその会話から逃げるかのようにそう言い、ボクの横を通り過ぎていく。ボクはそれを止めもせず再び手を動かした。