Pampelmuse | ナノ
 シンジさんが逃げるように居なくなり、いよいよミカドさんと二人になってしまった。
私はちらりとミカドさんに視線を向ける。(そうだ…謝らないと)さっきのことをちゃんと謝るためにミカドさんを探していたのに、今更臆病になる自分を憎く思いながら俯いた。ミカドさん、機嫌悪いっぽいし。あまりベストなタイミングではないようだ。でもこんなベストなシチュエーションが用意されているというのに引き下がるのは気が引ける。

「あ…あの」
「もう、大丈夫かい?」
「え、」

たった今とは打って変わって何故か優しい顔つきになったミカドさんに呆気としてしまった。
(あ、あれ?今の今までこの人、すごい怒ってるように見えたんだけど……)
どういうことだろうと頭が混乱してしまう。もしかして怒っているように見えたのは私の気のせいだったのだろうか。

「…大丈夫、です」
「そっか。さっきはあまり顔色が良くないように見えたから」

ミカドさんは至って普通の態度だ。あんなにキツく当たってしまったというのに、さすがにこれはおかしい気がする。もしかしてこの人は、私が思っているよりもすごく鈍感なのだろうか。

「あ、あの、ミカドさん」
「うん?」
私はミカドさんに思いきり頭を下げて、言う。

「さっきは本当にすみませんでした」
「え?」
「…その…八つ当たりをしてしまって」
「ああ、あれなら別に気にしてないよ」
「!」
「それより、」

ミカドさんは私の謝罪をするりと交わすと、私との距離を縮めてそのまま私の頬を撫で上げた。あまりに優しい手つきに体が固まってしまう。

「顔色も少し良くなったみたいだ。良かったね、名字さん」
「!あ、名前……」
「うん、名前」
「知ってたん、ですか…」
「まあね」
「…わ、私も…知ってますよ、ミカドさん」
「!」

(あ、あれ、これって何か…)
つい心の中で呼び慣れている"ミカドさん"というのを口にしてしまったけれど、流れ的にここは"西条さん"の方が良かっただろうか。
慌てて「さ、さっきも"ミカド"って呼ばれてましたし」と苦し紛れの言い訳をしたら笑われてしまった。恥ずかしい。

「っふ、君は何だか面白い人だね」
「え」
「名前呼びでいいよ」
「あ、…ありがとうございます」

何だかとても空気が和んでしまった。これで良いのだろうか。
あまりに淡々と終わってしまった謝罪に納得がいかずにいると、ミカドさんはナルシストっぽく口に手を添えて私を見つめた。何だろうと疑問に思い首を傾げると、ミカドさんの眉間に少しだけ皺が寄っているのが見える。やっぱりあまり機嫌は良くないらしい。

「さっきはシンジと何を話してたんだい?」
「え、何を、って」
「やけに親しそうだったじゃないか」
「そうですか?でも初対面ですし親しいハズは…」
「…やっぱり良いや。今のは忘れてくれ」
「?は、はぁ…」

結局ミカドさんが何を言いたかったのかが分からず、私はまた首を傾げる。するとそんな私の頭を、ミカドさんは前触れも何も無しにぽんぽんと撫でた。

「っみ、ミカドさ、…!?」
突然のことに驚いてしまい、思わず距離を取ってしまう。ミカドさんはそれが気に食わなかったのか、距離を縮めるように私に近づいて、また私の頭を撫でる。
(?? …な、なんで?)
またしても頭の中がプチパニックに陥ってしまった。
 しばらく私の頭を撫でたミカドさんは、満足したのかスッと手を離してくれる。

「…僕さっき、シンジに嘘吐いちゃった」
「えっ?」
「カンジが呼んでたって言ったけど、本当は呼んでない。後でシンジに怒られちゃうかな」
「な、何でそんな嘘を…」
「分からない?」
「!」

少しだけ顔を背けてから視線だけを私に向けたミカドさんの目には、今まで見たことのないような鋭さがあった。それが何だか怖くて、私は視線を泳がせてしまう。
「…わ、分からない、です」
何だか責められているような気分だ。あまり心地の良いものではない。

「そっか」
「…あ、あのミカドさん」
「ん?」
「こんなこと聞くの…変かもしれないんですけど、」

『お前確か、ミカドのお気に入りだろ』

「……」
私は先ほどのシンジさんの言葉を思い出しつつ、ミカドさんを見つめる。何も知らないミカドさんはきょとんと首を傾げたまま黙っていた。

――シンジさんが言っていた"お気に入り"って…本当なんですか?


「…やっぱり、何でもないです」

 そんなことを聞く勇気は、まだ私には無いようだ。


 20140507