Pampelmuse | ナノ
 あー。
心の声がうっかり口から漏れてしまいそうになったのを抑えながら、私は溜め息をつくようにして息を吐く。
あれからずっと腹痛や腰痛が治まらなかったからさすがにおかしいと思いトイレに来てみたら、やっぱり、そうだった。ティッシュに付いている赤いものは、つまり女の子の日が来たのだということをこれ見よがしに主張している。
(だからあんなに…)
どうしようもなく苛々していたのも、頭痛も腰痛も頭痛も全て、これのせいか。理由が分かって良かったけど、あまり良くない。だって私は、別にミカドさんに非があるわけじゃないのにミカドさんに強く怒鳴ってしまったのだ。大袈裟かもしれないが、取り返しのつかないことをしてしまった。
私はがくりと肩を落として頭を抱える。
(どうしよう……)
とにかく謝らないと。あの人に頭を下げるなんてあまり不本意ではないけれど、こればかりは私が悪い。仕方がない。
 そうと決まれば、いち早くミカドさんに会いに行こうと寮を飛び出す。向かうはアラビスタの生徒が寝泊りしている寮だ。走っていると鈍い腹痛に襲われて辛かったけれど、それでも走った。こんなにもミカドさんに会いたいと思うのは、やはり罪悪感を感じているからだろうか。それとも、なんて、今は考える必要のないことなのかもしれない。




 どん!
またやってしまった。不運な私が真正面しか見ずに走っているのだから何が起こっても不思議じゃないのに、周りへの注意を怠ってしまっていた。すれ違った誰かに思いきりぶつかり、私は地面に手を付いて転んでしまう。私はぶつかってしまった人に謝るため、焦りまくりの表情で立ち上がった。

「す、すみません…!」
「あー、こっちこそワリィ。ちゃんと前見てなかったわ」
「!」

すぐさまスッと差し伸べられた大きな手を見つめてから、その手の主にも視線を向ける。そこで私は目を見開いた。
(あ、この人……)
彼が着ていた制服は、ミカドさんと同じもので。青い髪にカーキの制服はすごく目立つから、よく覚えている。少し前にこの人がミカドさんと話しているところを見かけたことがある。
すると彼も私を見て思い出したように手を叩いた。

「お前確か、ミカドのお気に入りだろ」
「えっ」
「アラビスタのヤツラも驚いてたぜー、あのミカドのことよく相手にできるなお前」
「あ、あの、お気に入りって何の…」
「つーかこうして近くで見るとお前って余計ミカドとは…」
「、」

彼の言葉を最後まで聞く前に、すでに彼の言いたいことが分かってしまった。
(…ああ、やっぱり私はミカドさんとは"不釣り合い"な人間、なんだ)

「……」
「ン?どーした?」
「わ、分かって、ます」
「は?」
「つ…釣り合わないって、分かってます。こんな不運で貧相な私が、ミカドさんと仲が良いなんて、そんなこと…ないです」
「……あ、あのよ、ちょっと待て」

どんどん沈んでいく私を見て戸惑うように頭を掻いた彼が、何やら呆れたような顔で私の頭にポンと手を置いた。そしてわしゃわしゃと髪をかき混ぜながら言う。

「っわ、ちょ、」
「俺は別にそーゆーコトを言いたいんじゃあなくて、
「これはまた、珍しい組み合わせだね」
「!……ミカド」

彼が"ヤベエ"みたいな顔で私の後ろに立っているであろう人物の名を呼んだ。
『ミカド』
それを聞いた私は恐る恐る振り返る。するとそこにはやはり、あのミカドさんが立っていた。

「あ……」

気付けば私から少し離れた彼に、ミカドさんが言う。

「シンジ、さっきカンジが君のことを探してたよ」
「マジかよ。んじゃあ、ちょっくらカンジのとこ行ってくるわ」
「行ってらっしゃい」
「……顔コエーよ、ミカド」
「この美しい顔に向かって"怖い"とは、心外だな」

(…気のせいじゃ、ない…)
"シンジ"というらしい彼の言葉通り、今のミカドさんは何だか怖いというか、とても機嫌が悪いように見える。さっき会った時は上機嫌だったはずなのに、やっぱり私に対して腹を立てているのだろうか。考えれば考えるほどに予想はマイナス思考へと陥っていく。そんな私にミカドさんは一秒すら視線を向けずに、ただシンジさんだけを見つめた。

「そんじゃーな」

(ま、まって、お願い待って…!)
さすがにこの状態で二人きりにされてしまうと気まずすぎて困る。私は必至でシンジさんに視線を送ったが気付いてもらえず、結局、シンジさんはどこかへ行ってしまった。そしてミカドさんがやっと私に視線を向ける。しかし怖くてミカドさんの顔が見れない。心臓が止まってしまいそうだ。
 正直、こういう不運が一番つらい。



 20140430