Pampelmuse | ナノ
 どたん!
朝っぱらからすごい音を立てて転んでしまった。しかも談話室で。ソファに座っていたジェノックの女の子たちが目を丸くしてこちらを見ている。私は床に膝を付いたまま上半身を起こした。
(い、痛い……)
手を強く床につけてしまったから、少しだけじんじんするし赤くなっている。今日もいつものことながら、不運だ。誰もいないところで転ぶならまだしも、こんな人がいるところで、しかも思いきり転んでしまうなんて。私はスカートを軽くはたきながら立ち上がる。ジェノックの制服に身を包んだ茶髪の女の子が心配してくれたけど、苦笑いしか返せない。とりあえず心配してくれてありがとうとだけ言っておいた。



「名前、また転んだのか?」
「えっ、な、なんで?」

あれから寮を出るとカゲトラに会ったから一緒に学校に向かっていると、不意にそんなことを聞かれて顔が引きつる。カゲトラは苦笑しながら私の手を指差した。

「手、床に擦ったんだろう。赤くなってるぞ」
「あ…」
「痛むのか?」
「ううん、大丈夫だよ。ジェノックの子も心配してくれたし不幸中の幸いって感じだったから」
「そうか。なら良かった」

そう言うとカゲトラは安心したように笑ってから、何かを思い出したのか「そうだった」とまた口を開く。

「どうしたの?」
「名前、昨日本屋で西条ミカドと一緒に居たみたいだが」
「!」
「どうしてあいつと一緒だったんだ?」
「か、カゲトラ…なんでミカドさんの名前知ってるの?」

一緒にいたのを見られていたことよりもカゲトラが彼の名前を知っていたことに驚き、思わずそう聞き返すとカゲトラは「先に質問に答えろ」とでも言いたげな顔をする。しかしすぐに私の質問に答えてくれた。

「あいつはある意味有名人だからな」
「ある意味、ってもしかして」
「かなりの自信家だと」
「………だよね…」

私はカゲトラが彼を知っていた理由に納得しつつ苦笑いを零す。
たとえもし本当にミカドさんが完璧でかなりの実力者だったとしても、あれだけ自分のことを褒め称えていたら色々と台無しな気がする。いや、台無しだ。
(せっかく格好良いのに、勿体無い……)

「それで名前」
「え?」
「昨日はあいつと何を話していたんだ?」
「あ……ああ、それなら…」

カゲトラから視線をずらし、昨日の会話の内容を思い出す。

「さっき、僕のこと見てたでしょ」

(いやこれじゃないな)

「君は本当にツイてないんだね」

(これでもなくて…)

「それにしてもここには本当に色んな本があるんだな」

(ああ、これだ)
「本屋には本当に色んな本があるって、驚いてたの」
「あいつがか?」
「うん」

小さく頷くとカゲトラは意外そうに目を丸くした。そして
「俺はお前があいつと知り合いだったことに驚いたな」
だなんて笑いを零す。言われてみれば確かにそうだ。私とミカドさんの間には越えられない壁みたいなものがあって、そもそも不運でツイてなくてどうしようもない私がミカドさんと言葉を交わすこと自体が奇跡に等しいだろう。
 ――これはもしかしたら、とても、すごいことなのかもしれない。

「…ミカドさんって」
「ああ」
「すごくナルシストだよね」
「そうらしいな」
「でも本当に綺麗だし格好良いから、なんか」
「?」
「ちょっと、悔しい」
「! …名前、もしかして……」
「ん?」
「いや…何でもない」


(あいつのこと、気になるのか?)

 20140426