Pampelmuse | ナノ
「さっき、僕のこと見てたでしょ」
「っ、!?」

本屋で立ち読みをしていると、いきなり耳元でそんな声が聞こえた。私は吃驚して持っていた本を落としそうになったが何とか持ち直す。すると今度は足元に置いていた鞄に足を引っ掛けて転びそうになってしまった。
しかし何故かどこも痛くない。ぎゅっと瞑っていた目を開くと、先ほどの声の主が私の腕を掴み支えてくれていたようで。私は唖然と目を見開いたまま声の主――ミカドさんを見つめた。

「あ……」
「君は本当にツイてないんだね」

私のすぐ真横に立って腕を掴んでいてくれたのは、紛れもないミカドさんだ。自分よりもだいぶ上にある顔はいつ見ても整っていて、悔しいけど美しい。私は自分でも気付かぬうちに、彼の名前を小さく呼んでしまった。
「み、みかど、さん…」
「!」

するとミカドさんは驚いたように眉を上げて私を見つめる。しかしすぐに笑みを浮かべた。

「へえ、僕の名前知ってるんだ」
「! っい、いや、これはあの
「さて本題に戻ろうか。さっき僕のこと見てたよね?」
「……み…見てた、というか…」

視界に入ってしまったと言った方が正しい気もするけど、見ていたことに変わりは無い。私は俯き気味に「そうです、けど…」と小さく答えた。ただ質問に答えただけなのにこんなに恥ずかしいのは何故だろう。

「声を掛けてくれればサインくらいはしてあげたのに」
「さ、サインはいらないです…」
「!…君、ちょっと変わってるなあ」
「えっ」
「この完璧な僕を目の前にして見惚れもしないなんて」
「…あ、ああ……」

(そういうのを言わなければ少しくらいは見惚れると思うんだけど……)
駄目だこの人は、と心の中で溜め息をつき、私はミカドさんから目を逸らす。しかしそれでもめげないミカドさんは何事も無かったかのように本棚を見つめ、言った。

「それにしてもここには本当に色んな本があるんだな」
「そうですね。…新しい本から古い本まで沢山置いてありますし、テスト期間は論文の参考にもなるので本屋にはよく来るんです」
「、……へえ」
「本屋ってすごく静かで落ち着きますし、それに」
「あのさ」
「え?」

思わず本屋について語り始めてしまった私の言葉を遮り、ミカドさんは不思議そうな顔のまま首を傾げる。

「別に、敬語じゃなくても良いんだけどな」
「え、でも…」
「同じ学年なんだし」
「!?」
「あれ。もしかして僕のこと先輩だと思ってた?」
「は、はい…」

 ミカドさんの言葉に驚いて、私はまた鞄に足を引っ掛けてしまった。ゆらりとよろけた私の体を、ミカドさんは素早く支えてくれる。急に近くなった距離に驚いてしまったけど、こうしてすぐ近くで見ると私よりもすごく大人びた顔つきだし、声も、体付きも、どう考えたって年上だ。
(ほんとに…同い年、なんだ…)

「全く、君は危なっかしいね」
「す、すみません…」
「だから敬語じゃなくて良いよ」
「……、…ありがとう」
「まあ僕は完璧だからね。君一人を支えるくらいどうってことないさ」
「………」
「…どうしたんだい?何だか顔が赤いみたいだけど」

そう言ったミカドさんが私の顔を覗き込もうとしたから、私は思わずバッと片腕で顔を隠してミカドさんから逃げる。それでも私の腕を退かそうとした手を振り払い、必死に顔を隠した。

「あ、赤くなんてなってない、見ないで下さい」
「どうして?別に恥ずかしいことじゃないよ。僕のこの美しさを前にしたら誰だって
「違います、ちが、ちがいます、」
「…!」

ミカドさんの言葉なんて無視してひたすら「違う」やら「見ないで」を繰り返すと、ぴたりとミカドさんの手と口が止まる。それに気付いた私も口を閉じ、そのまま動かずしばらく固まっていた。
(なんで、なんで、なんで)
別にミカドさんのことを意識しているわけじゃないのに、顔が熱くてたまらない。頬に熱が集まってきっと真っ赤になっているだろう。こんな顔、とてもじゃないけど見せられない。なんて言われるか分からなくて、私は走ってその場から逃げようとした。しかし、

「待って」
「!!」

即座に私の肩を掴んだ手は、大きくてしっかりしていて。自分の手とは明らかに違うその感覚に、顔の熱は上がる一方だ。

「鞄、忘れてるよ」

その声がやけに静かで、私は少し驚いてしまう。慌てて顔を隠しながら鞄を手に取り、再び本屋を出ようと足を進めた。心臓がばくばくと音を立てている。
やっとの思いで本屋を出たと同時に、私は大きく息を吸い込んだ。何度も深呼吸をしてから、小走りで寮へ向かう。
 まさか本屋に一人取り残されたミカドさんが、私と同じように顔を赤くしたまま突っ立っているなんて、この時は思いもしなかった。


 20140422