Pampelmuse | ナノ
 放課後は好きだ。
不幸なことも起こるけど、それなりに良いことだって起こる。その証拠に、私はオトヒメちゃんにもらった大好物のドーナツを大事に持って寮へと向かっていた。ドーナツならば中身が入ってないなんてこともないし、早く食べたいなぁなんてわくわくしてしまう。

 商店街を抜けると、少し向こうの女の子の集団が目に入った。
(すごい人だかり…)
思わず持っていたドーナツを落としそうになったが何とかセーフ。それよりもあれは一体何の集団なんだろう。ただ単に皆で下校しているってわけではなさそうだ。別に私には何の関係もないのだろうけど、どうしても気になってしまう。
私は無意識に足を止めて、しばらく集団を見つめていた。すると不意にできた隙間から、カーキの制服に身を包んだ男子生徒が姿を現す。その横顔には見覚えがあった。

「……あ…」

自然と口から洩れた声は何だかだらしなくて。女の子の集団の原因がやっと分かった。

「というわけでこれから握手会だから失礼するよ」

(あー…なるほど)
今朝彼が言った言葉は何かのジョークかと思ったが、あながちそうではなかったようだ。一人一人の女の子にちゃんと笑顔を返して、手を振って、その姿はアイドルみたいというか、とにかく一等星みたいに輝いていた。
 それにしても。
こうして遠くから彼を見ていると、本当に"別世界の住民"だと実感させられる。着ている制服が違うというのもあるけれど、それ以前に、分厚い壁を感じた。

(……帰ろう)

このままここにいたら何か不幸なことを起こりそうだ。そう思った私は彼から視線を外してまた寮へと歩き出す。しかしその瞬間、

「ねえねえミカドくん!」

(…!!)一人の女の子の甲高い声が、何故かはっきりと私の耳に入ってきた。
私は足を止めてまた彼へと視線を向ける。ミカド、女の子は確かに彼のことをそう呼んだ。それが彼の名前なのだろうか。

「ミカド…」

彼に似合う、とても響きの良い名前だ。そんなことを考えながら彼を見つめていると、彼がこちらに目を向ける。バチリと音でもしそうなくらい目が合って、私は思わずすごい速さで目を逸らした。するとどういうわけかポケットから滑り出たCCMが地面に落ちてしまい、私はため息をつきながらCCMを拾う。壊れていないか画面を確認すると、シルバークレジットが結構溜まっているではないか。

(いつの間にこんなに溜まったんだろ…)
そうだ。今日は本屋に寄って帰ろう。ドーナツを食べるのは遅くなってしまうけど、お金があると分かったからには何かしら寄り道をしたい。私はもう彼を見ることすらできずに、本屋へと向かった。

 一秒だけ絡まった視線のせいで、未だに心臓が少しだけ騒いでいる。


 20140422