Pampelmuse | ナノ
 昼休み。私は朝タケルに言われた通り皆と屋上に来ていた。
わいわいと騒ぎながら皆は買ってきたパンやお弁当を広げている。しかし何ということに、私の買ったクリームパンにだけクリームが入っていないのだ。

「名前、もしかしてまた中身入ってなかったん?」

わなわなと震える私に気付いたスズネが心配して私の顔を覗き込む。小さく頷くと私とスズネのやり取りを見ていたのか、カゲトラが言った。

「交換してもらいに行ったらどうだ?」
「うん、そうするよ」
「ウチも一緒に行こか?」
「大丈夫だよ、皆は先に食べてて」

下がった気分を持ち直すために皆に笑顔を向け、一人で屋上を出る。もはやただのパンとしか言えないクリームパンを握り締めながら、私は購買へと足を進めた。これは体力が無い私にとっては、結構きつい不運である。


 やっとの思いでクリームパンを取り替えてもらい屋上へ戻ろうと歩いていると、見覚えのある人物が向こうから歩いてくるのに気付いた。
(あ……)
すらっとした体に纏われたカーキの制服。間違いない。私が足を止めて彼を見つめると、どうやら彼も私に気付いたらしい。少し目を丸くして、薄い唇を開いた。

「あれ、君、朝の」
「ど、どうも…」
「こんな所で会うなんて偶然だね。もしかして僕に会いたくて堪らなかったのかい?」
「えっいや別にそういうわけでは…」

咄嗟に否定すると、彼は私の話なんて聞いていないような振りをした。そして私が持っているクリームパンをまじまじと見つめる。そんな彼に少し吃驚して私も彼の視線を辿った。いつまでたっても彼は喋ろうとしない。沈黙に耐えられなかった私は、とりあえず何かを喋ろうと思い口を開いた。

「あ、こ、これさっき買ったんですけど中身が入ってなくて新しいのに交換してもらったんですよ」
「ふっ」
「!?」

(わ、笑われた…!?)
私は思わぬ反応に驚いて彼を見つめた。思い返してみればいつもタケルやカゲトラやスズネは私の不運を笑うことなくむしろ心配してくれていたから、こうして笑われると少しショックな気もする。

「ごめんごめん、いやぁ、それは残念だったね」
「い、良いんです、べつに、いつものことですから」
「! いつものこと?」
「はい。…運、悪いので」
「……」

(あれ?今度は黙っちゃった…)
笑ったかと思えば今度は黙ってしまった彼に焦りつつその場から立ち去ろうとすれば、いきなりガシリと腕を掴まれて肩が上がった。

「っ、え」

訳が分からず振り返ると、彼が薄く微笑んだまま私に言う。

「じゃあ特別に、僕の笑顔をあげるよ」
「い、いらないです」
「!!」

しまった。咄嗟に断ってしまった。今のはさすがに失礼だったかもしれない。いやでもいきなりあんなことを言われて、一体どう返せば正解なのかもよく分からないし…。
「あ、あの、えっと」
驚いているのか怒っているのか分からないような顔で黙り込む彼を見つめたまま、私はとりあえず笑顔で続けた。

「その言葉だけで、ちょっと、元気出ました」

だからもう大丈夫です。そう言って彼の手を優しく振り払い、逃げるようにその場を去った。だんだんと歩くスピードが速くなって、最終的には走って屋上を目指す。
(あ、あれ、おかしい、な)
私何か変なことを言っただろうか。彼はとても驚いていたような気がする。いやもしかしたら怒っていたのかもしれない。ああもう分からない。うん、忘れよう。それが一番だ。

 気持ちを落ちつけてから屋上に入ると、皆が笑顔で迎えてくれた。取り替えてもらったクリームパンを袋から出して一口かじる。まだクリームは出てこない。もう一口かじって、やっとクリームにありつけた。じわりと甘い味が舌を満足させてくれる。彼を忘れるには、クリームパンひとつで十分だ。



 20140420