Pampelmuse | ナノ
 普通に生きていれば、良いことと悪いことがバランスよく繰り返えされて比較的幸せな人生が遅れると誰かが言っていた気がする。そりゃあ悪いことばかりしている人には本当に幸せな人生など送れるわけがないし、逆に良いことばかりしていれば自然と幸せは向こうからやってくる。じゃあ、別に悪いことばかりして生きているわけでもないのに、不幸ばかりが向こうからやってくる人はどうしたら幸せな人生を送れるのだろうか。



 ガコン!
大きな音と額への激痛で、私は目を覚ました。うっすらと目を開ければ、部屋の天井が目に入る。ずきずきと痛む額に手を当てながら体を起こして激痛の原因を探してみると、どうやら棚から落ちてきた目覚まし時計が運悪く私の額に直撃したらしい。
(当たり所が悪かったら死んでた気がする……)
とりあえず目覚まし時計を元の場所に戻し、支度を始めた。しかしハンガーに掛けていたはずのブレザーが見当たらなかったから足元を見てみると、運悪くハンガーから滑り落ちたであろうブレザーが無残にも床に落ちて皺だらけ。
 こんな不運だらけの朝は、今に始まったことではないのだ。更に言うと、私が不運に見舞われるのは朝だけじゃない。むしろこれからが本番である。


「あ、おはよう、名前」
「うん、おはようタケル」

女子寮を出るとタケルに会ったから軽く手を振って挨拶を返した。するとタケルは私のスカートに目をやって、小さく首を傾げる。何を言われるのか薄々分かった上で「どうしたの?」と尋ねてみるとタケルは予想通りの言葉を口にした。

「なんかスカートしわくちゃじゃない?」
「ああこれは…寝てる時にハンガーから落ちちゃってたみたいで」
「うわあ、それはショックだね」
「うん、でも、いつものことだから」

苦笑しながらそう言うとタケルは私を励ますように肩をぽんぽんと叩いた後、すぐに笑顔で「それじゃあ、気を取り直して学校行こうか」と言ってくれた。

 タケルと二人で寮を出てしばらく歩いていると、だんだんと学校が見えてくる。いつもながら呆れるくらい大きな校舎だ。どこかのお金持ちの豪邸よりも広いんじゃないかとも思ってしまうが、さすがに大袈裟だろうか。

「そうだ名前、今日のお昼は皆で屋上で食べようってカゲトラが言ってたよ」
「そうなの?」
「うん。オトヒメたちも来るって言ってたし騒がしくなりそうだなぁ」
「あはは、それじゃあ昼休みが楽しみだね」

そんな会話をしながら校門をくぐると、後ろから歩いてきた人にぶつかってしまった。その拍子に私は鞄を落としてしまい、咄嗟に足を止める。タケルもそれに気付いたのだろう、足を止めて「大丈夫?」と私に声を掛けてくれた。私は慌ててぶつかってしまった人に頭を下げる。

「ご、ごめんなさい」
「ああ。それより君は大丈夫?」
「あ…はい、大丈夫です」

優しい人で良かったと思い視線を上げると、それはそれは整った顔立ちの男子生徒だった。綺麗につり上がった目と、傷一つない白い肌。そして、カーキの制服を着ているのを見ると彼はアラビスタ同盟の生徒らしい。あまりにも美形な彼を唖然としたまま見つめていると、彼は自慢げに笑いながら口を開いた。

「ん?どうしたんだい。僕のパーフェクトな美しさに見惚れちゃったのかな」
「えっ」
「その気持ちすごく分かるよ。でもごめんね、僕にはファンの中から誰か一人を選ぶなんてできないんだ」
「あ、あの…」
「というわけでこれから握手会だから失礼するよ」


 その時の気持ちを一言で表すなら、ただただ「唖然」の二文字だ。
私もタケルもぽかんと口を開けながら顔を合わせる。気付けば彼はそそくさと校舎に入って行った。それでもあの自慢げな笑顔が目に焼き付いたままだ。良い意味でも、悪い意味でも。

「…今の、何だったんだろうね」
「さあ……」

そうして私たちは彼によって作られた微妙な空気のまま教室へと向かった。途中で何に躓いたわけでもないのにコケたのはいつものこと。全く不運な朝だ。あのナルシストな彼に出会ってしまったのも、不運なのだろうか。今はまだよく分からない。




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 20140420