Pampelmuse | ナノ
 今日もいつも通りの一日を終え、私は下校していた。
たまたま一人の気分だったためカゲトラ達とは別で学校を出たのだが、いつも皆で騒ぎながら下校しているだけあって一人は案外寂しいものだ。今日の夕飯は何だろうと考えながら周りを歩く生徒に流されるように歩いていたのだが、ふと前の方に見慣れた後ろ姿を見つけてしまい思わず足を止めそうになる。

(やっぱり目立つなぁ…)
カーキの制服に、すらっとしたシルエット。さらさらの髪を微かに揺らしながら歩くその後ろ姿は、紛れもないミカドさんのもの。私はぼんやりとその後ろ姿を見つめながら足を進めていたのだが、突然ミカドさんが振り返ってこちらに顔を向けたのだ。

「!?」

当然のことながら目が合った。しかも思いっきり。ずっと見ていたのがバレてしまったし、ストーカーっぽく思われてしまっただろう。私は、ぽかんとした顔でこちらを見つめるミカドさんから勢いよく顔を逸らし、走った。
(さ、最悪だ…!!)
早くどこかに逃げてしまいたい。私ばっかりこんなにミカドさんのことを気にしてしまって恥ずかしい。悔しい。色んなことを考えながら近くのお店の陰に入り込み、ぴたりと壁に背中を押し付けてから乱れた息を整えた。

(…何もあんな、…タイミング悪すぎ……)
かなり一方的に避けてしまったから、ミカドさんは追い掛けてくるなんてしないだろう。むしろ、今はミカドさんに会いたくなかった。
ミカドさんと話せば話すほど私の頭はミカドさんで埋め尽くされる。それが悔しくて、こんな自分がミカドさんに釣り合うわけがないと分かっているからこそこれ以上ミカドさんと関わってはいけないのではないだろうかと思ってしまう自分がいた。
私は壁にもたれ掛かったままずるずるとその場にしゃがみ込んだ。

(……あつい…)
昨日、ミカドさんに掴まれた腕が、じんわりと熱を帯びている。

「名前」

(…どきどき、した………)
あんな顔、初めて見た。初めて名前で呼んでくれた。私の名前を、知ってくれていた。
記憶を辿れば辿るほど、ミカドさんのことばかりで嫌になる。格好良くて綺麗で優しくて、変な所もあるしナルシストだけど、私はミカドさんのことを本当はもっと知りたい。
だけど、そう思えば思うほどに不安は大きくなっていった。
ミカドさんに嫌われていたらどうしよう、そもそも私なんか眼中に無いかもしれない。でもいつも見かけたら声を掛けてくれるし、他愛もない話だってしてくれる。でも、だけど、そんなのただの気まぐれかもしれない。

膝を抱えたままぐるぐるとそんなことばかり考えていたら、急にじゃりっと砂を踏む音がした。

「……」

もしかしたらお店の人が「邪魔だ」と言いに来たのかもしれないと思い顔を上げたが、そこに立っていた人物に私は目を丸くする。

「名字さん」
「……あ…み、ミカドさ…」

驚きのあまり何も言えずにいると、ミカドさんはスッとしゃがみ込んで私と同じように膝を抱えた。目線が同じになったことで余計な緊張感が私を襲う。
どうしてここに、何でここが分かったんだ、そんな疑問がいくつも頭に浮かんだ。しかしそんな私の心境など知らないミカドさんはいつもより柔らかい笑顔で言った。

「また、何か嫌なことがあったのかい?」
「っ……」

じっと私を見つめる彼の瞳が、悔しいくらい優しくて。嫌なことなんて何もなかった。むしろミカドさんを見つけることができたから、嬉しいと思った。私はミカドさんの周りに群がる女の子たちより少し離れた場所からミカドさんを見るだけで十分だったのかもしれない。
(だけど……)
ミカドさんに好きな人ができたら、すごく悲しい。色んな女の子がミカドさんに縋るのは見ていて辛い。握手会があるからと言って私に背中を向けるミカドさんは、少しだけ、嫌いだ。
そして今、私だけに笑顔を向けてくれるミカドさんが、私は……


「……クリームパンに…クリームが、入ってなくて」

誤魔化すためについたくだらない嘘を、本当は馬鹿にして笑ってほしかった。それなのにミカドさんはどうしてか、嬉しそうにふんわりと笑う。


「じゃあ今日も、ツイてなかったんだね」


ぽんぽんと私の頭を撫でるミカドさんの手は大きくて、顔に熱が集まった。


20150123