Pampelmuse | ナノ
 名前との話を終えてから五秒ほどで俺はアイツの姿を発見した。
(うっわ……)
廊下の向こうの方からこっちに向かって歩いてくるその姿は、他の誰でもない西条ミカド。吐きそうなくらいキラキラしたオーラを撒き散らしながらミカドは薄らと笑みを浮かべている。話し掛けられることは確実だし、めんどくさいことになるのもほぼ確実だ。それはもちろん、たった今俺が名前と話していた場面をミカドに見られただろうから。

「やあシンジ」
「…よう」
「今、名字さんと話してたみたいだけど」

(ほら、やっぱりだ)
我ながら名推理をしたと自画自賛したが虚しいだけだった。俺は平然を装いながら適当に「たまたま会ったからな」と返してその場を去ろうと足を浮かせる。しかしそれを、ミカドは思わぬ言葉で阻止しやがった。

「シンジは名字さんのことを随分気に入ってるんだね」
「……まあ、そうだねぇ」

アイツちっせーし細いし、何かと困ってること多いし、何か放っとけない感じしちまうんだよな。なんて心の中で付け足しながら、またミカドに視線を向ける。「ふぅん」と呟いたミカドは明らかにいつもとは違う目つきだった。自意識過剰かもしれないとは思うが、その突き刺さるような視線に思わず口元が引きつってしまう。

 大体、こいつはマジでよく分かんねえ。

悩みなんかひとっつもないような顔して、いきなり苛々したり気持ちワリィくらい静かになったりするもんだから同じ小隊の奴らだってきっと俺と同じことを思ってるに決まってる。それなのに、

「早くいつものミカドさんに戻ると良いんですけど…」

(いつものミカドに戻られたら、それはそれで困るんだけどな)
そんなことを心の中だけで呟いた。
そうだ、初めて名前と話した時、俺は咄嗟に名前のことを「ミカドのお気に入り」と言っちまったんだっけ。それは全く持って間違いではないが、その時の名前の反応を俺は今でも忘れられずにいる。

「つ…釣り合わないって、分かってます。こんな不運で貧相な私が、ミカドさんと仲が良いなんて、そんなこと…ないです」

そーいやあの時の誤解、まだ解けてなかったような。俺はそんなことを思い出して、思わず「ヤベ」みたいな顔をしてしまった。
別に、名前とミカドが釣り合わないだとかそんなことを言ったつもりではなかった。ただ、それに近いことは確かだ。でもそれは悪い意味ではなくて、ただ単に"お前らって全然違うタイプだよな"ということが言いたかっただけ。けど名前は確実に悪い意味として捉えただろう。

実際、名前がミカドのお気に入りってのは事実だしミカドが名前をどう思ってるのか、俺は何となく察しがついてる。だから余計に、自分の気持ちに気付けているのかいないのか曖昧なミカドを見てるとムズムズして仕方なかった。
(…一応、今度会った時にでも誤解解いとくか)
そんなことを考えた時、俺から視線をずらしたミカドがさっきよりも小さい声で俺に言う。

「名字さんは、シンジによく懐いてるよね」
「あー……餌付けもしたからな」
「餌付け?」
「サンドイッチ」
「は…」

何が何だか分からないと言わんばかりの表情を浮かべたミカドは、腹立つくらいサラッサラの髪を揺らしながら首を傾げた。それが何かムカついたから、俺は薄く笑って言ってやる。

「一人で無駄に迷ったり躊躇してるどっかの誰かさんよりは、フツーに接してるからねぇ」
「!!」

そんな整った顔して何に困ることがあるんだよ。そんな意味も含めてミカドを見れば、その顔は昨日見たものによく似ていた。雨でびしょ濡れになってふらついた足取りで寮に帰って来た時の、あの顔と。
(……あー…)
ミカドのそんな顔を名前が見たらどうなるんだろうかとか、こいつがどうしたいのか全く分からないとか、色んなことを考えるうちに頭が疲れてきたから俺はそれ以上何も言わずに今度こそミカドに背中を向けて立ち去った。


20150122