Pampelmuse | ナノ
 翌日の昼休み、トイレを済ませた私は教室へと向かっていた。
しばらく長い廊下を歩いていると、向こうからカーキの制服を身に纏った青い髪の男子生徒が歩いてくるのに気付く。(……あ)シンジさんだ。

「お、名前じゃん」

シンジさんは私に気付くや否や口角を上げて笑うと、奇遇だな、なんて言いながら楽しそうに私の頭を撫でた。

「あの、この前はサンドイッチありがとうございました」
「アーそういやそんなこともあったな」
シンジさんはまるで照れ隠しのように私の髪をかき混ぜる。私はされるがままに乱された髪の毛を直しながらシンジさんに笑いかけた。
「すごく美味しかったです」
「そうかよ。なら良かったぜ」

そう言って私を見たシンジさんは、何かを思い出したように「あ」と声を漏らす。

「そういやさぁ」
「?」
「名前、ミカドと何かあったか?」
「えっ」

思わぬ質問に目を丸くすると、シンジさんは心配そうに、しかし半ば呆れたような口調で言った。

「あーいや、ミカドの奴、朝からなんかヘンなんだよ。ボーっとしてて締まりがないっつーか、フワフワしてるっつーか」
「そうなんですか…?なんか、珍しいですね」
「だよねぇ」

頭を掻きながらだるそうに欠伸をするシンジさんから目を逸らし、私はようやく忘れかけていたミカドさんの顔を思い出してしまう。

「名前」

(…もしか、して)
昨日のアレが、何か関係しているのだろうか。確かに昨日のミカドさんはどこか変だった。そう考えるとシンジさんの言うことにも納得がいく。正しくは"朝から"じゃなくて"昨日から"ということになるけれど。

「俺はてっきり、名前と喧嘩でもしたんだろーと思ってたんだけど」
「そ、それはないですよ。ミカドさんと喧嘩なんてそんな…」
ビジュアル的に勝ち目がない気がするし。
そんなことを考えて苦笑すると、シンジさんはまた思い出したように口を開いた。

「そうそう、昨日だって全身ずぶ濡れになって帰ってきたしよ」
「!」
「ん?どーした?」
「あ……いえ、なんでも……」
「そうか?」
「は、はい」

シンジさんと少し話しただけなのに、昨日のミカドさんとのやり取りを鮮明に思い出してしまう。
いつもより余裕のない顔、詰まったような声、一体どうしてなのかが分からない。

「………」

ミカドさんは、優しい。
だからきっと女の子にもモテるんだろうし、人気があるのだろう。ミカドさんは傍からみるとただのナルシストにしか見えないし嫌な人だと思うかもしれないけれど、本当は少しだけ不器用で、よく分からないことばかり言うくせに人を気遣う優しさがあって。私はそれを知っている。誰よりもよく知っている自信だってある。

「まぁ、明日になりゃミカドも元に戻るだろうし、変に心配かけて悪かったな」
「あ、いえ、大丈夫です。早くいつものミカドさんに戻ると良いんですけど…」
「…名前さ、もしかしてミカドのこと」
「え?」
「……や、何でもねェ」

シンジさんが小さな声で何かを言ったような気がしたが、それを聞きとることはできなかった。シンジさんは誰かと約束でもしているのだろうか、CCMを見て時間を確認すると「あっヤベ」と顔を引きつらせる。

「もうこんな時間かよ。引き止めて悪かったな、名前」
「大丈夫ですよ、私はいつでも暇なので」
「ヒヒッ、そうか。そんじゃあまたな」
「はい」

シンジさんは私に背を向けると走ってどこかへ行ってしまった。
 私はシンジさんの背中を見つめながら、また昨日のことを思い出す。
(……ミカドさん…)ミカドさんは、今何を考えているんだろう。私は、ミカドさんのことばかり考えてしまっている。ミカドさんに出会ってから、こんなことばかりだ。私だけだろうか。ミカドさんは私のことなんて眼中にもないのかもしれない。ただ少し、ほんの少しだけ、ミカドさんも私と同じだったらいいななんて考えてしまう自分がいた。


 20140611